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BLの丘
あやつるものよ 6
2011-11-17-Thu  CATEGORY: あやつるものよ
どのタイミングで寝ようか…と、うかがうからなのか。かなりの量の酒を摂取していた。
一緒に寝るということをあえて意識しないようにしているつもりもあった。だからグラスを傾ける勢いは頻繁になってしまったのだろう。
とはいえ、酒量を岡崎と競うことこそがすでに間違った話だ。
酔い潰れて岡崎に促されるまま向かった寝室。酔いの気分も手伝ってくれて緊張感も吹っ飛んでいた。
岡崎に寄せる信頼の高さもある。
ずっと悩み緊張していた日々から解放されたというものもあったのだと思う。
同じ屋根の下にいる…。
安心感は千種を安らかな眠りの世界にいざなっていった。

「まったく…。嬉しいけれど拷問だな…」
ぽつりと呟かれた岡崎の言葉さえ、夢の中の出来事に近い。
体を支えられて辿り着いた先。柔らかなリネンに包まれると、千種の意識はあっという間に飛んだ。
なにより、裏切られなかったという思いが強く働いたらしい。
岡崎がそばにいることで、つかえていた胸の内が解れていったのだ。
会社を辞めてからの絶望。岡崎に誘われてからの動揺。再会するまでの葛藤。
いつもどこかで脅えていたことから、ようやく解放された安堵感が目の前に広がっていた。

すぐそばで何かが動く気配で目覚めた。
丸まるようにして眠っていた背後から、温かさが去っていく。
冬が訪れてきた朝、冷えた空気はこれまでの生活空間でも感じたが、今千種に与えられていたものは普通の生活では得られないものだった。自分のものではない温かさ。
余計に寒さを感じるものとなる。
「…?…ん、…あ…」
「悪い、起こしたか?」
千種がみじろいだことで目覚めたことに気付いたらしい。体を起こしかけた岡崎の動きが止まった。
壁に向かっていた顔を捩らせ、振り返ると覗きこんでくる岡崎の視線と絡む。
身近にあった温もりは岡崎のもののようだった。一瞬動揺したが、間をとった岡崎に千種から構えた力が抜ける。
昨夜の出来事が曖昧な記憶となっていた。
どうやってここに辿り着いたのか、思い出せないことにゆうべの酒が過ぎたのだと改めて知らされた。
「…んー…」
ぼんやりとする千種に岡崎も現状を悟ったようだ。
「二日酔いか?」
まだ寝ていろ、と言うように布団を掛け直された。そして岡崎はスッとベッドを降りていく。
岡崎が起きているのに自分が寝ているのはどんなものかと思う。
二日酔いというほどではないが、だるさは残っていて起き上がる気力が湧かない。
しばらくすると岡崎がペットボトルの水を持って戻ってきた。
「これでも飲んどけ。ちょっとコンビニに行ってくる」
「あー…、すみません…」
ペットボトルを渡されて、頭をくしゃくしゃと撫でられた。
体のだるさはすべてを投げやりな気分にしてくれる。おかげで岡崎への気遣いもおろそかになる。加えてこの場所から出ていってくれる、一人になれる時間が千種を余計に奔放にした。
衣類を掴んで部屋を出ていった後、幾つかの物音がしてから玄関が閉まった。
全く知らない町だ。できることなら岡崎と行動を共にして覚えたいことは多々あるのに、最初からつまずいた形だった。
とりあえず、明日から仕事が始まる岡崎の立場もある。今日の時間を有効に活用するためにも、早い体力回復を望んだ。
もうひと眠りすれば体調が戻るだろうということは、自身の経験からも分かる。
乾いた喉を潤し、再び瞼を下ろして、気付けば陽も高く昇った昼前になっていた。


岡崎のミニバンに乗り込み、向かった先のショッピングモールの大きさに、千種は絶句していた。
「デカイ…つうか、広いっつうか…」
田畑が広がる中に現れたいくつもの店舗。それぞれの建物を持ち、看板を掲げている。その一帯すべてが商業施設だった。
食品を売るスーパーからホームセンター、書店に映画館、電気屋、衣料品店、雑貨店となんでもござれの世界である。
青空の下、一面に広がる駐車場を移動するだけでも一苦労だ。いや、ここは徒歩で移動するものではないのだろう。
道路を境界線に次々と店舗が連なっている。
「だろう?」
「つか、ほとんどの建物が一階建てって…」
それが余計に広さを感じさせるものであった。
建物は上に伸びるのが当たり前だと思っていたが、ここでは横に広がっていくらしい。
岡崎がニヤリと笑いながら呆然とする千種に、自慢げに確認をとってくる。
確かに全て見て回るには一日では足りなさそうだ。
「どっから行く?家具屋?」
「あー、ですね。ベッド買わなくちゃだし。衣類ケースも…」
こうまで広いと幾つもの店を跨いで見るのは面倒な気がしてきた。売っているものは似たようなもので、一か所で済むならそちらのほうが効率が良い。
「別に俺は毎晩一緒に寝てもいいぞ」
「安眠を妨害すると思うので遠慮させていただきます」
こんなふうにからかわれるのはいつものことだった。
暗く沈んでいた日々が嘘のように、昔の、気持ちに余裕を持っていた頃に戻った気がした。
そんな雰囲気に持っていけるのも岡崎の魅力なのだと思う。
昨日の駅での話以降、岡崎は職場の話を一切持ちこまなかった。今でも同じ会社に勤める岡崎には後ろめたさがあるようだった。
千種は岡崎と再会したことで沈み切っていた生活から浮上できた。新しい土地に呼んでくれたことに感謝もある。
岡崎の気遣いを感じるからこそ、今までと同じように振舞える自分に早く戻りたいという意識が生まれた。

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あやつるものよ 7
2011-11-18-Fri  CATEGORY: あやつるものよ
大型の家具は運んでもらうことにした。仕事を持たない千種は、最短で届けてくれる日時を希望する。
いつだって家で迎えられるのだから、こちら側のこだわりなどなかった。
クローゼットに収まる大きさの収納用品と全シーズン使えるという組み合わせの布団を買いこみ、岡崎の車に積んだ後、隣接したサイクルショップに寄った。
専門的な知識を持つ店の品数は想像を越えている。
園児が使う三輪車から数十万とする競技で使うのかというものまで揃っていた。
店内の広さにももちろん口を開いていたのだけれど…。
そんな中から手頃なママチャリを選んだ。自転車があればこのショッピングモールまでも気軽に来られる。荷物も運んでくれるのだから岡崎に頼る必要もなくなるわけだ。
こちらも車に積めなかったので後日の配達を希望する。

千種の目的が済んでしまえば岡崎が見たがっていた雑貨店に向かった。
女性なら喜んで見たがりそうなお洒落な家具といい日用雑貨が並んでいる。
一部を、一室をイメージした展示にしてあり、統一感を持たせた、揃えたい雰囲気を醸し出している。まるでモデルルームだ。
今さっき買ってきた千種の布団に、同じカバーをかぶせて、ラグを敷き、似たテーブルを置いたら、ハイ完成となるのだろう。
さらに飾られた色つきのグラスと皿(何が入るのか何が盛られるのかは別として…)が置かれれば完璧である。
まだ生活感のない今のマンション内に、新しく並べていくのもいいかもしれないが、さすがに予算も限られていた。
しかし岡崎は違っている。
すでに余るほどの食器が段ボール箱に詰め込まれているはずなのに、改めて何かを揃えたいようだった。
「千種、この箸は?すべり止め付いているし、使いやすそうじゃない?」
「…ですね…」
「ご飯茶わんと汁椀に同じ印が付いているのも面白いな」
「えぇ…」
「あ、マグカップ。これ大きくて量が入りそう。丸い形、俺、好きだわ」
「…部長、どんだけ買う気ですか?」
売り場にはにつかわない男二人のやりとりではあるものの、独自の世界に誘われている客は別段気にした様子はなかった。
次々と手に取る岡崎に、千種から戸惑いの声が上がると、「またそう言う…」と的外れな答えが返ってくる。
『部長』と呼んでしまうのはまだ仕方ないことといえ、さすがにこの状況下では千種も違和感を覚えた。
上下関係を明らかに表すものだと気付き、その言葉は親近感を持たせない隔たりをもたらしてくる。
だからといって、早急に変えられるものでもなかったのだが…。
俯き加減になり、「吉良さん…」と小さな声が零れると、自分から言ったくせに照れくさいのか、岡崎は一瞬視線を反らした後、向き直って破顔し千種の髪をかき回した。
こんな表情を見るのも初めてのことだ。
嬉しいのと恥ずかしいのと…。たくさんの感情が混じっているのは千種だけではなかったようだ。
そのあとも千種と意見を交わしながら生活用品を揃えていった。正直千種は何でも良かった暮らしの世界だったのだが、二人で選ぶのは楽しいものだった。
気を良くしていた岡崎はかなりの数の購入を決めていた。
それぞれが『ペア』であることに、気付きたくなかった千種だが、言わずと知れてくるものである…。
帰路につく車の中は、かなりの量の買い物袋に埋もれていた。

揃えるものを揃えた…。しかし、岡崎が家事にまったくもって無頓着なのだと知ったのはその日の夜のことである。
昼過ぎに出掛けて、広々としたショッピング街をウロウロとし、帰宅できたのは日も暮れた後。
「面倒くさい。なんか買って帰ろう」という岡崎の言葉に同意して、スーパーで惣菜やらこの先必要になりそうな食材などを買いこんだ。
見た目を重視するが、過程やその後はどうでもいいらしい。昨夜、風呂上がりに一歩も動かなかったのもなんとなく頷けた。
一瞬を大事にして、あとは気が抜けるのだ。もちろん、寛がれていると感じるから嫌なことではなかったが…。
チンしてテーブルに乗せれば済むようなものばかり。こんな食生活は体に良い影響を及ぼさないだろうな…と漠然と悟った時だった。
こういったら失礼だが、貧乏は貧乏なりに自炊生活を送ってきた千種なのだ。
幸いにも千種には、仕事が決まるまで時間は嫌と言うほど余っていた。
そこにせっかく揃えてくれたペアの食器が入り込んでくる。
それらに見合うものを作れるようになるだろうか…。

本屋で料理本を買ってくるんだった…と思ったが後の祭りだ。
自転車が届けばそれなりに自由に動けるようになる。行動範囲は格段に広がる。
ショッピングモールから持って帰れる量は決まるが、マンションの近所にある小さなスーパーは近い。
食材を買いに行くのに苦労することはない。
少なくとも、異動したばかりの岡崎を、支えてやりたい気持ちはあった。
自分が働きに出るのも大事なことだが、なにより、これ以上岡崎に負担を科せたくなかった。
どういわれようが、この地まで追い込んでしまったのは千種なのだと、負い目は消えることがない。

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あやつるものよ 8
2011-11-19-Sat  CATEGORY: あやつるものよ
翌日から岡崎は慌ただしく動くこととなった。
以前こちらに来た時に一度顔出しをしていたとのことで、全くの初対面ではないらしいが、本社から差し向けられた人間というのはどう迎えられるのだろう。
同じ会社にいただけに、人間関係はそれとなく見えてくる。岡崎と同じ役職の人間は、当たり前ながら年配の人間ばかりだ。
実力をつけてのし上がった岡崎だが、その若さは煙たがられるものになるような気がしてならない。
不安を宿す千種とは対照的に、家の中で岡崎の態度は全く変わることはない。
仕事の内容を家の中に一切持ちこまないのは千種の存在があるからだろう。
多少は理解できる存在だと思う。愚痴の一つでも零してほしいところだが、岡崎の気遣いが分かるだけに、千種からも話しかけることは躊躇われた。
せめて家に帰って来てからの気分転換の時間を持たせてやりたくて、家事を一手に引き受けることにした。
岡崎は「無理することはない」と言うが、横着をする岡崎の性格と家の滞在時間の少なさは、嫌でも千種を動かした。

三部屋ある中、最初に家具を入れた岡崎の荷物は動かされることはなく、そのまま寝室と成り果てる。
リビングの隣の部屋を千種は使うことにしたが、余ったもう一部屋を岡崎はあろうことか荷物置き場にしてしまった。
片付ける気を失った引っ越しの段ボールが、岡崎に言わせるところの『とりあえず』詰め込まれたわけである。
人の荷物を勝手に弄るのもどうかと思うが、岡崎は気にしていないようで、「使えるものがあれば出せば?」といった感じだ。
無駄な金をかけたくない千種は戸惑いつつも少しずつそれらの荷ほどきを始めた。
家にいてやるべき家事などたかがしれているのだから、ある意味宝探し的な暇つぶしになる。
「家具は好きに弄ればいい。千種の住みやすいように変えればいい」と、物にこだわるくせにその後の行方がどうでもいいことが不思議に思えてくる。
お揃いの茶碗でご飯を食べている…。その程度で満足できるらしい…。
千種が徐々に片付けたこともあって、リビングやキッチンには、使うのか使わないのかと思われるものまで引っ張り出されて、あっという間に生活感漂う空間に変わった。
まぁ、あったらあったで、利用できるものであるのだが…。

寒風吹きさす中を、今日も千種は自転車を走らせていた。
車ではあっという間に過ぎてしまう光景も、自転車ではゆっくりと見て回ることができた。
近所には生活するのに困らない程度のものが揃う店が何店舗かある。ただ、ショッピングモールほどの賑わいが見られないのは、あちらに客を取られているからなのだと分かる。
とはいえ、身近にあるほうが何かと便利で、閉店に追い込まれないのは需要があるからだ。
車社会のこちらだが、持たない人間も当然いる。

自転車に積める荷物の量などたかがしれていて、近所散策を兼ねながら千種はスーパーに立ち寄ることが多かった。
週に三度も行けば馴染みの店員も見られた。
気軽に話しかけてくれる人の良さはこちらの人柄なのだろうか。
ある日スーパーのタイムセールに訪れてしまい、思わず買いこんでしまった。
それはもう、自転車のかごに収まるものではなくなっている。
スーパーの出入り口の隣、駐輪場でどうにか傾く前輪のカゴに入らないものかと袋の中身を弄っていると、カートやらカゴやらを回収しに来た若い店員に声をかけられた。
若いとは言っても千種より幾つか年上だと思われる。爽やかな青年といった感じだが荷降ろしをする仕事だからなのか、ユニフォームであるシャツの上からでも筋肉の盛り上がりが見えた。エプロンがきっちりと巻かれているのも動きを表してくれる。
「もし邪魔でないなら、荷台にも付けられるカゴ、購入されますか?」
「カゴ?」
「うん。うちのカゴを持参の方はポイントの付き方も変わるんですよ」
貧乏性はしっかりポイントカードを作っていた。いつも利用しているスーパーであるだけに、そのお得そうな情報に耳がダンボになる。
店内で主婦たちが持ち歩くスーパーのカゴと同じ大きさで色違いの『カゴ』の存在は知っていたが、車に乗せられるものという印象が強く、自転車に取り付けられるとは思っていなかった。
「それにカゴ一つ分っていう買い物の目安にもなるでしょう」
確かに上限がはっきりと分かるものではある。
上手い誘い文句に惹かれて、今一度購入した商品と共に店内に戻った千種は、カゴを購入した。
普通の人はカゴからカゴへと入れ替えるだけなのだそうだが、自転車で移動する千種にとって、それは零れ落ちる可能性も盗まれる可能性も高かった。
「ナイショね」
小さく囁いた店員が、カゴの中身が見えない、専用の袋を備えてくれる。カゴの中で使用するもので、巾着式の口を締めて結んでしまえば、すっぽりと収まり一つの荷物になった。
本当ならそれら一式は料金がかかってくるものなのに、この店員はカゴ代しか請求しない。
恐縮する千種なのに、気にした様子もなく「いいから、いいから」と誤魔化されてしまう。
「これでうちのスーパーを利用してくれる機会が増えるってものでしょ」
にこやかに微笑まれて、常連客になるのだなぁとは何となく悟れた。
「荷物用のゴム紐みたいなのがあるでしょう。あれがあればすぐに荷台に取り付けられるようになるから」
そう言いながら「今日は応急処置」だと言って、荷造り用の梱包紐で後ろの荷台に乗せてくれる。
売り上げを取るためとはいえ、ここまで手間暇をかけてくれたことは逆に感謝だ。
なんだか申し訳なく思うところもあり、だけど、人の温かさにほんわりとして、寒空の下でも千種の心はほくほくとしていた。
新しい地に来て、触れあえた喜びのようなものがあったのかもしれない。

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あやつるものよ 9
2011-11-20-Sun  CATEGORY: あやつるものよ
荷台につけたカゴは何かと便利だった。
他の店で購入した品も入れることができる。前輪のカゴに荷物を乗せて重さでハンドルを取られるより安定している。
そんな話を岡崎に聞かせれば、少々渋い顔をされたが、「安全は第一」と賢い買い物に賛同された。
声をかけてくれた店員が男性だったことと、丁寧に事を運んでくれたことが、ありがたいサービスから過剰なものと捉えられたらしい。
そこは酒を注ぐ相手でもして誤魔化すに限る。
どうもこだわることが千種の感覚と違っているようだが、それも新鮮と言えばそれまで…。
胸の奥にくすぐったさもあったが、内緒の話。

ある日、夜も遅くに帰ってきた岡崎はダイニングテーブルに乗せられた鍋にいたく感動していた。
「おぉぉ。今日は鍋か~。寒くなってきたからこれからの季節はいいなぁ」
「まぁ、冷蔵庫の掃除もあるんですけどね」
その時間になってから火をつけたために、煮えるまでに時間がかかる。
風呂の準備まで出来上がっていたから、先にそちらを促した。
「素晴らしい嫁を貰った気分です」
喜ばしさを浮かべつつも、茶化した岡崎を追い立てるようにリビングから出した。
『嫁』…とはなんぞや…。
この家では、玄関から真っ先に飛び込んでくるのがリビングダイニングで、そこを通らなければ廊下に繋がらないところが、隠し事もできない難点になっている。
とはいえ、お互いの存在を確認できる点では良しとできるものなのだろう。

岡崎の帰宅は本社にいた時よりも格段に遅かった。
どんな仕事が待ちうけているのか、話そうともしないし、千種も詮索するようなことは避けたいと話題から反らす。
ふたり揃ってダイニングテーブルにつき、千種の日常を聞くのが日課になりつつある晩。
岡崎は相変わらずのように、日本酒を嗜みながら食を進めていた。
「俺もそろそろ仕事探さないとな…。バイトでもしないと家賃も入れられなくなる…」
主夫業でいつまでもいてはいけない、身の置き場に困っていた。
片付けから解放された落ち着きも手ごたえのなさを感じる。
ポツリとつぶやいた千種の言葉に、岡崎が「あ…」とまるで今思い出したかのように話を繋げた。
「家賃…っていうか…。ここ、買うことにした」
ふーん…と思わず頷きそうになって、慌てて言葉の意味を飲みこむ千種だった。
そんな簡単にマンションの一つを『買う』と決めていいものなのだろうか。
「はぁ?」
目を見開く千種に、やんわりとした笑みを見せてくる。
忙しさの中であまり話をできなかったが、裏でそんな手続きが行われていたのは驚きでしかない。
「うん…。千種がついてきてくれたことで決心できたって言うか…。そのほうが千種も腰を落ち着けるっていうものだろう?」
そこまで言われて、岡崎がこの地に根を下ろすことを漠然と悟った。
いずれ、岡崎は本社に戻ってもおかしくない人物である。
この地で千種が正社員としての就職口を見つけられた時、辞めるには勇気を必要として、また再就職の困難さを味わうことになる。
どこまでも岡崎についていく…。そうではなく、自分自身の生き方を見つけろとそっと背中を押されていた。
それも、岡崎から離れて行かない方法で…。
その手段として、岡崎はこの地を離れない決断を下したのだ。
多少の出張があったとしても、基本的に異動などあり得ない本支社間なのである。
今回の出来事が異様であった、それだけだ。もう一人の飛ばされた課長ですら、一年もすれば元の鞘に戻るのだろう。

「何…言って…」
呆然と岡崎を見返す千種に、言い聞かせるように岡崎が口を開く。
「こんなに幸せな生活が送れていて、どうして手放したいと思える?千種がいなければ根なし草状態でどこででもどうでも良かったが、傍にいることを知った今は違っている。きちんとした生活が送りたいという千種を見て、落ち着きたいと思うものだろう。将来、俺がいつ異動になるのかという不安を持たせたままで千種に就職はさせたくない。というより俺が離れたくない方だな。この地で二人で生きていくんだって思わせてくれたのが、こうしてついてきてくれたことだった…」
伏せてきた気持ちをしっかりと見透かされていた。
就職活動に本腰を入れられなかったのは、この地に根差す心意気がなかったからなのかもしれない。
それを、マンションを購入するという一大決心を通して、岡崎の千種に寄せる思いを改めて感じさせられた。
何の不安も持たなくていい…。好きに生きろ…と…。
「ぶちょ…、俺…」
「まぁった、そう呼ぶぅ。次からペナルティ、つけようか」
真面目な話をしているかと思えば茶化される。
そんなところに、ささやかな照れ隠しも見えて、思わず微笑んでしまう千種だった。
いつだって導いてくれる存在だ。
覚悟を決めた岡崎を見れば、燻っていたものがはがれおちていく。
一つの失敗ですら、次へと進むステップと促してくれる力強い考えに身も心も癒されていく。
もうなくてはならない存在。

『ついてこないか?』と誘われたあの日。
ついてきて新しい生活を始められた自分。さらに先に進めと発破をかけられる。
アパートで声をかけられた時の事を思い出す。
『戻るのに早くて五年…。もしくは骨を埋めるか…』と岡崎は口にした。
千種を追い立てることになったのかもしれない口実。千種を誘い、千種が追いかけることで、岡崎は後者を選んでいたのだ。
それこそが、岡崎が賭けた人生だった。

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あやつるものよ 10
2011-11-21-Mon  CATEGORY: あやつるものよ
R18 微妙に性描写があります。閲覧にはご注意ください。


夕飯を終えた後、岡崎はグラスを片手にリビングのソファに移っていた。
ソファに身を深く埋め、オットマンに足を投げ出している。夜の定番のスタイルである。
茶碗やらの後片付けを終えた千種は風呂に入った後、一度リビングに顔を出した。
湯上りの水分を取るためもあったし、もう少し岡崎から話を聞きたかったこともあった。
夕食の時間、さらりと流されてしまったが、その意思をあらためて確認したかった。
疑っているわけではない…。ただ、確たる証拠が欲しかったのだろうか…。

「俺も飲んでいいですか…」
「また二日酔いになられても困るけど」
「もう、あんなに飲みませんよ」
からかわれて憎まれ口が零れる。そんなやりとりさえ、楽しくて、また岡崎が共に飲めると喜んでいるものなのだと肌で感じることができた。
些細なことが、すごく平和な日常だったのだ。
それに、今のところ二日酔いになって困ることもない、次ぐ日に支障もない、ほわんっとした日々である。
岡崎に朝食を作ってあげられない事態はどうかと思えたが…。

岡崎と並んで座ったソファ。お洒落な切子硝子のグラスに注がれた日本酒を、千種は一気に飲み干してしまった。
その行動に岡崎も悟るものがあったのだろう。黙って事態を見守ってくれる。
胸の奥に燻っていた感情が、さらりと零れていく。
音にさせる術は、やはり岡崎のなせる技で、安心感もあった。
「マンション、買うって、…本気なんですか…?」
「本気も何も、もう買っちゃったし」
まるでおもちゃでも買うかのような軽い発言だった。
千種に負担を持たせない、そんな気遣いもあるのだろう。
差し出された腕に引き寄せられ、岡崎の肩口に鼻先が触れた。
クンと嗅いだ香りに、自分がこの場に居ていいのだと言われている安心感が宿っていく。
「俺…、部長に負担ばっかかけて…」
「またそう呼ぶ…。今度こそペナルティ」
不安をそれとなく晒したのに、岡崎から返った言葉は悪戯をしかけるもの。
だけどそれは悪戯にとどまらなかった。

顎先を抓まれて振り仰がされ、重なってくる熱い唇に自分のものが塞がれる。
僅かに開いた隙を逃さず、舌先は口腔に侵入しては激しく動き回ってくれた。
圧し掛かれる勢いで、千種の体はソファに崩れ落ちる。それでも止まらない岡崎の舌を使った愛撫は千種を翻弄させる波間へといざなっていった。
「あぁぁ…」
着たはずのトレーナーがめくりあげられる。
穿いたはずのズボンの中にも熱を持った手が入り込んだ。
上半身は唇が、下半身は掌が這いまわり、嫌でも官能の嵐の中に放り込まれた。
「あぁ、ぶちょ…」
「千種、本当にお仕置き、必要?」
呼び名が気に入られなかったのは嫌でも知るところだ。
プルプルと首を振り、「吉良…」とかろうじて零れると、満足したような穏やかな笑みが見られた。
「千種…。愛してる…」
初めて聞いた言葉かもしれない。酷く優しくて、ものすごく力強くて…。
救ってくれる力強い腕にしがみついてしまう。
「うん…、俺も…」
自分を包んでくれるこの腕に、全てを委ねようと思った。
この地に赴くことを、望んだのは自分自身。新しい生活に希望を見出したのも、自分。
何もかもを受け入れる覚悟は、切符を手にした時に己が判断したのだ。
幸福へと向かう切符を、岡崎は持たせてくれた…。
一枚の切符が、岡崎と千種を結びつけるものとなり、二人の生活を大きく変えた。苦しい過去を持ちながら、決して辛いものにならない温かみを宿す人…。
「吉良…」
ソファに横にされて、現実的に汚すことを考えた千種は、「ベッド…」とさり気なく促した。
そんなことを考えてしまう自分に悲しさもありはしたが…。
クスリと笑った岡崎が身を起こす。同じく背を抱えて千種も起き上がらせた。
「嫁の我が儘は聞かないとね」
後が怖い…とつぶやかれ、それはどんな意味なのだろうか…。
軽々しくも運ばれ、着いたのは千種の部屋。
リビングのすぐ隣という点では、移動距離も少なくて済んだが…。
狭いシングルサイズのベッドである。
「なんで俺の部屋?」
尋ねた千種に、当たり前の事のように返してくる表情があった。
「だって近いし…」
もうこれ以上待てない、と、千種が何かをつぶやこうとしても、平然と千種の唇を塞いだ。
納得できるようなできないような…。
だけど想いの丈を改めて知らされる行為は、決して嫌ではなかった。
千種も、被さってくる岡崎の背に腕を回す。
頼ることが岡崎の癒しになるのだと、この数日で知った。

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