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ご訪問いただきありがとうございます。大人の女性向け、オリジナルのBL小説を書いています。興味のない方、18歳未満の方はご遠慮ください。
BLの丘
白い色 6
2010-10-24-Sun  CATEGORY: 白い色
美祢と菊間の精神的な部分は、以前よりもずっと深まったようだった。
昼食はほぼ一緒に過ごしたし、帰りに「一杯だけ」なんて言いながら飲みに出ることもある。
会社から一歩出てしまえば、そこにいるのは『気の優しい頼れるお兄さん』だった。
美祢には8つ離れた姉がいて、つかず離れず状態で可愛がられてきた。
姉弟喧嘩もしたことがなく、歳が離れていたからか、会話も少なかったような気がする。
大翔には3つ違いの兄、駆(かける)がいて(今では常務として存在している)、何かと文句の言い合いをしたり、相談できる光景が憧れだった。
もしも自分に兄がいたら、こんな感じだったのかな…と菊間との関係を漠然と思った。

夕方の残業時間、事務所にやってきたのは副工場長として指揮を取っている国分寺大翔だった。
工場に入るための帽子やマスク、白衣は脱がれていて、ただのTシャツ姿である。
短くカットされた髪には食品を扱う故の清々しさが滲み出ている。
切れ長の鋭い視線を発する目つきだが、美祢が怯むこともない。
「なに?」
主従関係があろうが、そこはやっぱり昔を共に過ごした仲だった。
美祢の隣の空き椅子に腰かけた国分寺は、つんけんとした口調に苦笑いを浮かべる。
「そんな言い方すんなよ」
だけど、はっきりと『プライベート』と分かる用事で美祢の傍に寄れば、事務所内の空気がピンと張るのだ。
一斉に聞き耳を立てるのが感じられる。
美祢はその空気が好きではなかった。出来ることなら社内で話しかけてほしくない。
今更美祢と国分寺の仲は知れたもので、何も聞きたいことなどないだろう、と思うのに、社員のこの雰囲気はずっと変わることがない。
国分寺は全く気にした様子もなく、菊間が淹れてくれた美祢の冷めたコーヒーの入ったカップに平然と口をつける。
国分寺は美祢の物となると断りもなく手を出す。見慣れた光景だった。
営業部が存在するデスクの塊には、現在美祢と菊間しか座っていなかった。

美祢と添うように並ぶと、美祢の耳にかかる髪をかきあげ唇を寄せてきた。
「秀樹さんから、『美祢に連絡がとれない』って聞いたけど」
囁かれる吐息が耳にかかってくすぐったいくらいだ。
内容が内容だけに、一応周りを気遣ったのだろう。
だったらこんなところで話しださなきゃいいじゃないか、とむくれるのだが、すぐにでも事情を聞きたいせっかちな性格はすでに知るところだった。

美祢はとてつもなく大きな溜め息を吐いた。
真正面にきた国分寺の顔をまじまじと見つめる。
「なんで大翔のとこに?」
今まで美祢と北野がささいな喧嘩をしようが、何があろうが、国分寺が口を出してきたことは一度もない。
二人の仲を知っても、からかわれたことすらなかった。
付き合おうが別れようが、どうでもいいはずだろう、とも思う。
「兄貴には言えないだろ?美祢に近いの、俺のほうだし。何があったわけ?あの人に聞いても何も答えてくれないしさ」
「べつに…」
大翔の兄、駆と北野は友人だ。
さすがに付き合っていたなどとは耳にしていない駆のはずである。
北野の口から『美祢』と出れば違和感のほうが大きいのは理解できる。
北野が国分寺に答えないとは、言い難い内容なのだと察しがついた。
非難されるのが分かるから内密に美祢と話をつけたかったのだろう。
聞かなくて正解だと美祢は思った。

顔を近づけてのボソボソとした会話が続く。
どこか不貞腐れた態度の国分寺が新鮮だった。
いつも強気で自信に溢れている姿ばかりを見てきた。
珍しい姿だなと思ったのもあったのだが、国分寺に対して今更隠す内容でもなく、美祢は椅子に座りながらも少し背伸びをするように、国分寺の膝に手を置いて同じように彼の耳元に唇を寄せた。
完全な内緒話だ。
「別れた」
目を見開いた国分寺は心底驚いているようだ。
「なんでっ?!」
「んー。まぁ、いろいろと…」
「ちょっと、詳しく聞かせろよ。いつもは真っ先に俺に話してくれるのに、何で今回、何も言ってこないの?!」
国分寺が不貞腐れた理由はそれか…と頭の隅を過っていった。
美祢の全てを知りたがるのは昔からだが、そんなことで責められても困る。
「あー、ん、まぁ…。はっきり言われたわけじゃなかったけど。もう修復不可ってカンジ?」
「『カンジ?』とかあっさり言ってる時じゃねーだろっ。泣き虫美祢が我慢しているんだろ?おい、片付けろ。帰るぞ。うちでじーっくり俺が慰めてやる」
残業なんか無しだ、と勝手な事をのたまい始めた。
「もう、慰めてもらったからいいよ…」
「誰にっ?!」
ボソリと告げてしまえば、返って怒鳴られる始末だ。
だから今きれいさっぱり、淡々と語れるというのに…。
ここまでムキになる国分寺も珍しい。

さすがにこの場で「(菊間)貴宏さんに」とは答え辛く、美祢は「ちょっと…」と曖昧に誤魔化すことにした。
「みね~ぇっ。俺が一番のはずなのにっ」
訳の分からないことを口走りながら、いきなり背中に回ってきた腕にがしっと引き寄せられ、鍛えられた胸の中に美祢の顔面が押さえつけられる。

キスに似た仕草での内緒話や突然始まる抱擁があるから目が離せないのだ…、と社員に思われているなど、本人たちはこれっぽっちも気付いていない。
見ている社員のほうが赤くなっていることも当然知らない。

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場所をわきまえようね…ってほぼ全員が思っています。それか、目の保養。
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白い色 7
2010-10-25-Mon  CATEGORY: 白い色
社内に居ながら平然と繰り返される美祢と国分寺の”抱擁生中継”に、社長がつかつかと近付いてきて、国分寺の首根っこを掴んだ。
「大翔、美祢ちゃんの邪魔をしているんじゃないっ!」
ダミ声が事務所内に響く。
抱き込まれたまま腕の力を抜いてくれない国分寺にもがいていた美祢は、ようやく離れることができた。
「だってオヤジ、美祢が~っ」
「会社では『社長』と呼べと言っているだろっ」
甘ったれるように言い返す国分寺を父である社長がぴしゃりと押さえる。
『オヤジ』と呼ぶのはいつも美祢絡みの時だった。
この言い争いも聞き慣れたものだ。
怒っているわけではない、あくまでも『注意』なのだが、元凶となっている美祢は少し居た堪れない。

「大翔、分かったよ、もうすぐ帰れるし…」
社長にも一応「すみません」と頭を下げて謝罪する。
「美祢ちゃん、いつも大翔に付き合ってもらって悪いね。お母さんに夕ご飯作っておいてもらうように連絡しておくから」
「いえ、そんな…」
幹部役員の一人に名を連ねる社長夫人だった。
立場を強調する社長なのだが、自ら「お母さん」と呼んでしまうあたり、どうかと思う。
一瞬にしてほのぼのとした雰囲気に変わった。
話の内容など知らない社長は、単に我が儘な息子に付き合ってくれる友情と捉えているようだ。
実の息子に対する態度と美祢に対する態度の違いに、国分寺が明らかに剥れていた。
それでも、美祢が国分寺家に行くことが決まれば少しは機嫌が良くなる。
「なんか手伝えることある?さっさと終わりにしよう」
これといって国分寺に任せられることはないのだが、事務所から出る気はないようだし、手持ち無沙汰でそばに居られても気が散る。
連続用紙に印刷された請求書の切り離し作業くらいできるだろう、と束を押し付けた。
ためらいもなく国分寺に仕事を渡せるその度胸も事務所内で感心されているなど、美祢は知らない。

喜々と隣の席で作業を始める国分寺を見て、反対隣りの菊間がクスッと笑った。
「まるで大型犬だな」
小さな声はたぶん国分寺には聞こえていないだろう。
「?」
椅子をスッと滑らせて来て、隣に並び、美祢のデスクの上に乗った伝票の束に素早く視線を走らせる。
「あと何するの?今日の出荷の確認だったらしてやるよ。あまり待たせるのも悪いだろ?」
「いいよぉ。自分でやるし」
こちらでもぼそぼそと会話が始まる。
「これだけの件数、全部見ていたら副工場長の機嫌がまた悪くなるぞ」
「大翔がそんなに早く、あれの切り離しができるわけないから。紙で指切って泣くのが関の山だよ」
「ボロクソ言ってんな…」
事務処理に慣れた人間とは根本的に作業のこなし方が違う。
「貴宏さんこそ、仕事どうなの?」
「俺、もう終わってるし。いつでも帰れるくらい」
「ほんとに~?どうしようかな…」
「いいから甘えとけよ。先に帰ってひがまれるのも嫌だし」
二人して同時に国分寺の手際に視線を投げれば、気付いた国分寺が顔を上げた。
「俺に仕事させて、二人して何してんだよっ!貴宏さんの席、もっとあっちだろ」
「すぐ隣じゃん…」
「はい、すみません」
唇をとがらせる美祢とは対照的に、すぐに事務的な言葉を口に乗せた菊間は、それでも美祢のデスクから確認用の書類と伝票を持ち去っていった。

美祢は菊間のさりげなさに感謝しながら、FAXやメールで送られてきた翌日以降の注文数の変更届けに目を通し、工場へと送られる注文書の数をパソコンで入力し直し始めた。
自社にとっても取引先にとっても間違えることができない数字だし、普段と異なる数値を目にすれば目梨に報告しなくてはならない。
時にはゼロを一つ間違えた誤記入などもある。
特売情報や各取引先の発注数を理解し、スムーズに事が運べるようにと、各担当の事務員がいるようなものだ。
同時に運送会社に対しての配車の手配も済ませる。
菊間のおかげで、国分寺が半分も切り離せていない頃、美祢は帰り支度ができるようになっていた。
ほぼ同時に菊間も処理を終えてくれて、美祢としてはホッとするところもある。
「ありがとう。助かっちゃった」
「どういたしまして」
「今度、何かおごるね」
「気にするなって」
二人仲良く帰りの挨拶をしていれば、背後から菊間との会話を中断させる国分寺の声が響いた。
なんとなく機嫌が悪いのは長年の付き合いで感じ取れる美祢だった。
「帰りに美祢んち寄って着替え、持って行くから。車、会社に置いていけばいいだろ。明日俺と一緒に出社すればいいし」
「泊まるの?!」
「当然だろ。酒飲んで誰が送るんだよ」
「僕、飲まない…」
「久し振りに美祢が来るってオヤジだって上機嫌で帰っていったんだ。『飲まない』なんて言ったら泣かれるぞ」
社長の名前を出されれば従わざるを得ない。
渋々でも、国分寺の台詞に頷くしかなくなった。

事務所に残っていた数少ない部長クラスの社員は、酒豪の国分寺家に付き合った美祢がどうなるのか想像がついた。
明日は重役出勤になっても文句も言えない。
とりあえず、一番に宥めるのは目梨だろう…。

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白い色 8
2010-10-26-Tue  CATEGORY: 白い色
ほとんど連れ去られるように大翔の車に乗せられて、家に寄れば必要な『お泊まり道具』を素早く手にされ(美祢の家の中については把握済みの大翔が即座に揃える)、国分寺家へと御招待された。
車の中でかいつまんで、北野との事の流れを説明すれば、激怒した大翔が声を荒げた。
「秀樹さんってそういうこと、する人だったわけ?!よくも、図々しく俺のとこに美祢の様子を聞きに来られたよなっ」
美祢のために憤慨してくれる大翔の態度も有り難かった。
国分寺家と北野の付き合いも、それなりに深いものがあるはずだ。
大翔だって、信頼できるから美祢を預けてくれたのだとも思う。
冷静になって考えた今、あんな終わり方になってしまったが、それまでは良くしてもらった思い出ばかりだ。
いい夢が見られた…というべきか。
きっと、彼なりに、何か事情があったのではないか…、そんな風に思えるようにもなっていた。
だから、今でも連絡を取りたがるのだろうか…。
その疑問を大翔に問いかけはしなかったが。

国分寺家の玄関をくぐると、社長夫人である春代(はるよ)が出迎えてくれた。
髪の全てをまとめて頭上に結い上げ、洗練されたメイクを施した姿は華やかさはあるが派手ではない。
「美祢ちゃん、久し振りね~ぇ。ムサイ男ばかりの家だから、美祢ちゃんが来てくれると花が咲いたようでうれしいわ~」
ぎゅーっと抱きこまれるのはいつものことだった。
家族を『ムサイ男』と言い表されて、自分も男なんですけれど…と内心で呟いている。
花柄のエプロンをひらひらとさせる春代に大翔が「風呂は?」と問いかけた。
「用意出来てるわよ。うちの人たちは、いつも帰ってくると真っ先にお風呂に入りたがるから」
「工場の中、湿気がすごいからベタつくんだって。美祢、一緒に入ろ。夕飯、部屋で食うから」
「あら、そうなの?」
「え?おじさんは?」
「オヤジなんかに付き合わせたら俺と美祢の話なんか何もできないだろ」
ここに来て美祢は、全ては大翔の計画だったことを知った。
『社長』の名前を出すことで、大翔と一緒に帰らせたのだ。

春代に聞かせるわけにはいかないが、意思表示でぷうっと膨れた頬を大翔にツンとつつかれる。
それから腕を取られて一度荷物を大翔の部屋に置き、二人で浴室に向かった。
国分寺家の浴室は、美祢の家のものよりもずっと広いので、大人が二人で入っても窮屈に感じない。
実際、今でも社長夫妻は時折一緒に入っているようで、美祢と大翔が一緒に入ると言っても春代は違和感も持っていなかった。
幼い頃から繰り返されたことに、美祢自身も抵抗がない。

不思議と大翔を『男』と意識したことはなかった。
共に過ごしてきた友人であり、兄弟のようでもある。
だからこうして一緒に入浴もできたし、抱きしめられることもキスも友情表現の一つだった。

「美祢、洗ってやるよ」
椅子に座った美祢の背後に立った大翔がシャンプーを泡立てて美祢の濡れた髪の間に指を潜り込ませた。
「大翔の指って、気持ちいいよね。マッサージされているみたい」
「いつも繊細な『おとうふ』を扱っておりますので」
「大翔が持ったらぐしゃって潰しそう(笑)」
「怪力みたいに言うなよ…」
揉みこまれるような洗われ方は、美祢は嫌いではなかったから素直に身を任せる。
まだ小さかった頃は、駆と3人で良く入ったものだ…と、ふと思い出した。
駆の姿が頭を過れば、連鎖的に北野を思い出した。
駆と北野が友人である関係から、いつか、嫌でも顔を合わせる時が来るような気がする。
その時に自分はどんな顔で北野と視線を交わすのだろうか…。
北野にどのようにみられるのだろうか…。

「美祢って豆腐に似ているよな」
シャワーで泡を流されている時だったから、大翔が何を言ったのか、良く聞き取れなかった。
流れてくるお湯のせいで、目も口も閉じたまましばらく過ごした。
お湯が止まるのと同時に「何?」と聞き直す。
「ん?美祢は豆腐に似ているって」
「豆腐?なんで豆腐?」
大翔の言う意味が全く分からず、キョトンと振り返って見上げる。
壊れ物を扱うように、大翔は美祢の首筋から手を当てて背中を撫でた。
「色、白いし、キメは細やかだし。些細なことでぼろって崩れるくせに、ちょっと水抜きしてやればしっかりと形を保つ」
「それ、褒めてんの?」
「当然だろ」
だけど表現のされ方がなんとなく気に入らなくてまた唇を尖らせてしまう。
それからすぐ、背中を温かな肌で覆われた。
肩越しに伸びてきた大翔の腕が美祢の胸の前で組まれる。
「美祢を傷つける奴は絶対に許さない。秀樹さんが何を言いたいのか知らないけど、場合によっちゃ、兄貴にも縁切ってもらうつもりでいるから」
本当にそんなことができるわけがないとは分かっているけれど、大翔なりに精一杯、美祢を想ってくれる気持ちは伝わってきた。
愛情よりも友情のほうが、もしかしたら強い『きずな』なのかもしれない、と美祢はふと思った。

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どこまでオープンなんだ、この二人は…。
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白い色 9
2010-10-27-Wed  CATEGORY: 白い色
意外な話を聞いたのはその夜だった。
常務という役職についていた駆とも社内では幾度も顔を合わせるが、大翔のようにプライベートな会話をすることはまずない。
今夜、大翔の部屋に美祢が泊まりに来ているのだと春代から聞いた駆は、大翔の部屋を訪ねてきた。

社長や駆たちと夕食を共にすると、普段では聞くことのない経営状況や耳にしたことのない会社名、またその戦略などが会話の中に盛り込まれ、社員も知らないことを知識として美祢は教えられていた。
小難しい内容に幾度も首を傾げる美祢に、丁寧にも説明までしてくれる。
中にはとても社員には聞かせられない裏事情もあったりする。
他人である美祢の前でそれらが披露されるのは、美祢の口の硬さに信頼を置いてもらっているからであった。
家族同様扱われているから、国分寺家が躊躇しないのも薄々気付いている。
普段であればみんなで一緒に食事をとるのが当たり前だったが、たまにこうして大翔の部屋で二人きりの晩餐になることもあった。
今は駆とも顔を合わせづらい美祢だったから、大翔の行動は正直ありがたかった。

「何の用だよ?」
夕食として用意されたものをテーブルの上に並べて、日本酒を煽っていた大翔が、仕事帰りのスーツのままで入ってきた駆に対して冷たい視線を向ける。
兄弟喧嘩はいつものことだったが、今の大翔には『北野』の友人という存在が強く根付いているのを感じた。
あんな男を『友人』にもつ『兄貴』の存在が気に入らないのだろう。

「何だ?その口の聞き方は?!まぁ、美祢ちゃんがいるから今は我慢してやるが。おまえたち、秀樹とも仲が良かったよな?今日、アイツから結婚するって聞いたからさ。式場に行くのは俺と親父だけだが、電報の一つくらい送ってやるのもいいだろうと思って。早目に伝えてやろうかと思って来てみたんだが」
『秀樹』という名を聞いた瞬間、美祢と大翔の動きが止まる。
それは想像もしていなかった言葉だった。

…『結婚』…。

美祢ではとても叶わない夢である。
あの時居酒屋で出会った子も同じだろうとすぐに思えた。
美祢の頭の中では、あの子がその後をどのように過ごしたのか気になった。
別れることを前提に付き合っていた自分とは明らかに違うのだろう…。
身体を纏うもの、身につけるもの、研ぎ澄まされた仕草。
何もかもが『庶民』じゃない。
彼こそが釣り合う気もしていたのに、…。北野が選んだのは『結婚』できる女性だったのか…。

「結婚だって?!そんな話いつから上がってたんだよっ?!」
大翔が怒鳴れば一瞬気後れした駆が「相手がいるようなことをほのめかされたのはふた月くらい前だけど…」と馬鹿正直に答えた。
「クソッ!!」
激しい大翔の怒りに、駆も何があったのかと疑問の声を上げた。
大翔にしてみれば、美祢と付き合いながらもう一人の相手がいたことになり、挙句には『美祢に連絡がつかない』と泣きつかれたわけだ。

「おまえたち、あれほど仲が良かったのに、何だ?!」
恋愛感情があったかどうかは知らないとしても、話をしない仲ではないのを駆は承知している。
嫌悪する態度を見せられるとは思っていなかったはずだ。
「電報なんか送らねーし、二度と会わねーって兄貴から言っとけよ。相手の女、何者?!秀樹さんが幸せになれない呪文ならいくらだって送ってやるっ!!」
「ひろと~ぉ」
「何があった?」
さすがのことに駆も眉間を寄せたが、話せるような内容ではなかった。

「本人から聞けよっ!!本当のこと言うかどうかは知らねーけどっ!!ってか、兄貴の顔見てるだけでムカつくっ!!!」
「なんだとぉっ?!」
「か、駆くん、ちょっと待って。大翔は僕が言い聞かせるからっ」
今にも掴みかかってきそうな駆と大翔の間に美祢は入り込み、二人を制した。
昔から兄弟喧嘩の仲介役は美祢の役目だった。
二人とも美祢の言うことには耳を傾けてくれる。
「何、冷静になってんだよっ!!美祢のことだろっ!!あのクソジジイっ!!2、3発ぶんなぐるだけじゃ気が済まネェっ」
「美祢ちゃんのこと?」
「な、なんでもないからっ」
訝しげに首を傾げる駆を美祢は両手を振って慌てて止めた。
自分と同じ年の、友人と分かっている人間を『クソジジイ』呼ばわりするとはいかほどのことがあったのか…と駆は眉をひそめる。
何かを考えるように頭を巡らせている駆の態度は、一瞬の沈黙をもたらした。
だが、思いついたように部屋を出ていく。
後に残ったのは、あまりにも陰湿な空気だった。

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白い色 10
2010-10-28-Thu  CATEGORY: 白い色
グラスに注がれていた日本酒を大翔は一気に飲み干した。
「ちょっと、そんなに勢いよく飲んで…」
「美祢はムカつかねーのかよっ?!こんな終わり方されてっ!!」
大翔の隣にいた美祢が、大翔を咎めれば返ってくるのは怒鳴り声だった。
それから腕を伸ばされて、厚い胸板の中へと誘い込まれる。
「なんでもっと早く『別れろ』って言ってやれなかったんだろ…」
「大翔が気にすることじゃないじゃん…」
「本当にもう、吹っ切れてるの?泣くんだったら泣いていいから」
「うん。いつ話を切り出されるかって心配しながら付き合っていたから、はっきりして清々した気分」
『忙しくなった』と初めて聞かされたのはもう1年以上も前のことだ。
駆と同じ年と思えば、それも納得できた。
定期的に会ってはくれたけど、ぎこちなさは薄々感づいていた。
「そんなこと思いながら過ごしてきたのか?!」
日常のあれこれを聞かせることはあっても、奥底にあった本心を大翔に告げたことはなかった。
改めて過ぎてきた日々の、美祢の心の葛藤を耳にすれば、大翔の腕に力が籠った。
「馬鹿美祢っ!!苦しかったんなら言えば良かっただろ!見せかけの恋愛ごっこの話聞いて満足してた俺が情けねーだろーがっ!!」
「だから、大翔が怒ることじゃないから…」
護ってくれようとする態度がとても嬉しい。
常に不安に晒されていたかもしれないけれど、やっぱり過ごした日を怨むことなどできない。
誰に何を言われようが、付き合っていた間の北野は、美祢のことを想ってくれたと思えて仕方がなかった。

最初に声をかけてきたのは北野だった。
以前から大翔と北野はお互いのことを知っていた。
北野が男女どちらでも相手に出来る人間だというのも、嗅覚のようなもので嗅ぎとっていた大翔だ。
国分寺家に出入りしている美祢に北野が気を取られることに時間はかからなかった。
歳を追うごとに、美祢には幼さと伸びあがるような大人の色香が混ざり始め、不思議な魅力を醸し出していた。
憎まれ口を叩いても大翔は駆を『兄』として慕っている。その友人だと思えば安心感もあった。
大翔は全く警戒していなかった。
美祢が幸せになれる、とそれだけを信じていた。
その心を知っていたから、尚更美祢は大翔に本心を打ち明けられなかったのかもしれない。
大翔に北野を嫌ってほしくもなかったから。

「ごめんね、大翔…」
「なんで美祢が謝るんだよっ?!」
「うん…。こんなに思われているのに、相談もできなかったから…」
「もう、絶対、隠し事なんかするなっ!!美祢のことならいつだって何だって聞いてやるからっ」
「ありがと…」
大翔の背中に腕を回して縋りつく。
トクントクンと心臓の音が聞こえた。
安心できる肌の温もりを感じるのも久し振りだ。
大翔の腕はいつでも温かい。
他の人間では味わえない、独特の安心感がここにはあった。

駆が持ってきた話題を一切口にすることはなく、夕食と酒に舌鼓をうち、アルコールも回ってほろ酔い気分でいた頃、着替えた駆が再び顔を出した。
ちょうどその時、美祢は甘えたい気持ちを隠しもせず自ら抱っこをせがむ子供のように大翔に両手を伸ばしているところだった。
駆から盛大な溜め息がこぼれる。
「お、まえら…、まぁいいけどなぁ…。家の中だし…」
「何の用だよ?兄貴と話すことなんか、今ないから」
会社内で繰り広げられているあれやこれは当然のように駆の耳にも入っている。
幼い頃からの二人の仲を知っていた駆は、これと言って咎めることもしなかったのだが、人目を憚らない二人にどう言い聞かせようか悩みの種でもあった。
抱きつく感覚が一般人とは全く異なるのである。

大翔の言葉など聞きもしないといった様子で駆はここまできた理由を述べた。
「おまえたちの態度があまりにも変だから秀樹に直接聞いたんだ。かなり言い渋っていたが理由は聞いたぞ」
酔っていた身体の熱が一気に冷めていく気分だった。
美祢の身体は強張り、大翔の全身から怒気が滾るのが分かる。
「いちいち報告しに来たのかよっ?!!!」
「あいつのことはそれなりに知っているからな。美祢ちゃんが絡んでいるとは思いもよらなかったが」
駆の台詞で美祢の性癖がバレたことを知る。
そして駆自身、そういった人間に対して寛容であることも認識した。
駆は部屋の中につかつかと入ってくると、未だに”抱っこ”をされている二人の前に腰を下ろした。
「まぁ、いい。ちょっと飲もう」
テーブルの脇に置かれた一升瓶を持ち上げて、空いたグラスに注いでいる姿に大翔が怒鳴り声を上げる。
「出て行けよっ!!話すことなんかねーって言ってんだろっ!!」
美祢を腕に抱えていなかったら、間違いなく飛びかかっていただろう。
「その短気な性格はなんとかしろって何度言わせるんだ!!俺が話したいのはおまえじゃないっ!美祢ちゃんのほうだっ!」
「蒸し返してどうするってんだ!!」
「言い分はどっちもあるんだよ」
核心に迫る物言いに北野が美祢に何を伝えたかったのかが隠れていた。
大翔と駆の二人で交わされる無言の会話。
駆が何を言いたいのか、美祢には想像もつかなかった。

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