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新しい家族 1
2012-01-06-Fri  CATEGORY: 新しい家族
茶色い大きなテーブルがある。何人も座れるようなふかふかな椅子もあった。
阿武日生(あぶ ひなせ)が住んでいた六畳一間のアパートよりもずっと、ずっと広い部屋の中には、黒い服を着た大人の男が壁伝いに数人いた。
ふかふかなソファに一人で座っていた、三十歳前の父親よりも一回り以上年上で、やっぱり父親よりも怖そうな顔をした刈り上げの男がじっと日生を見た。
その視線の鋭さに普段怖いと思う父親のはずなのに、太腿の裏に隠れようとして、父親に引っ張り出された。
連れてこられた場所が暴力団組員の事務所だなどとは、八歳になったばかりの日生には分かるはずもない。
日生の隣でぺこぺこと頭を下げる父親がいた。いつも日生を叩いたり蹴ったりと傲慢な態度を晒す姿からは一転して、へつらう姿が奇妙でもあった。
「阿武さんよぉ。借金返せないから息子を人質だとぉ?!」
「す、すみませんっ。オレに残っているのはもうコイツしかいなくてっ。返済し終わるまで煮るなり焼くなり、後はそちらにお任せしますので…っ!!どうかっ、それまで…っ」
「随分ムシのいい話じゃねぇか。要するに育てられねぇから売り飛ばそうって言うんだろ」
フンっと鼻で笑った男はニヤリと口角を上げながら煙草を取り出す。すかさずライターを持った違う男が跪いて火をつけるのを、日生は訳も分からなく見つめるしかなかった。
会話のほとんどは理解できないでいる。
「おい、ボウズ。こっち来い」
フゥっと煙を吐き出した男に呼ばれて恐怖のあまり、父親の脚にすがった。普段こんなことでもすれば蹴飛ばされて地面に叩きつけられた。でも今は、それが許されるような気がした。
「日生。おまえはいい子だな。あの人の言うことを良く聞くんだぞ。お父さんは褒めてやるからな」
縋ったのに父親は怒らなかった。一度も梳いてもらえなかったようなくちゃくちゃの柔らかな茶色の髪を撫でられた。
初めて聞いた父親からの言葉は日生を喜ばせるものにしかならなかった。
『いい子』と言われたのも『褒めてあげる』と言われたのも記憶がある限り初めてのことだった。
引き攣る笑みを浮かべる父親に肩を押されておずおずとソファに座った男の前に出た。
父親に褒められたかった…、それだけかもしれない。
煙草を咥えた男の手が伸びてくる。
日生の色白の小さな顎を捉えて上向かせた。
「いくつだって?」
されるがまま…。それは今までの生活となんら変わりはなかった。逆らえば痛い目にあう。
日生の背後で「八歳です」と父親の声がした。
「それにしちゃ、小せいし痩せてんな。もっともおまえに育てられりゃ、こんなもんか。…父親に似なくて良かったなぁ。今からこの器量良しじゃ、すぐにでも客が取れるぞ」
男の後半の言葉は日生に向けられたものだった。しかし日生は相変わらず言葉の半分も分からなくて大きな瞳をぱちくりとさせただけだった。

目の前の男がクイっと顎をしゃくるのが見えた。
すぐにパタンという扉の閉まる音がして…。慌てて日生が振り返ったとき、もうそこに父親の姿はなかった。
だけど不安も感じなかった。状況の何一つ、分からないというほうが正しい。
フーっと煙たいものが顔に吹きかけられてむせ込む。
「おまえもバカな親を持ったなぁ」
呟かれた言葉は哀れむというより、楽しまれているようだ。
日生はどうしてよいのか分からず、俯きながらダボダボのトレーナーの裾を握り締めた。
それは体のサイズになどあっていない。着せてもらえたのは何日前だったか…。下半身はやはり裾を折ったデニムのパンツだった。
父親が帰ってこない日は何日かあったから、寧ろ人がいてくれるこの場所の方が救われるような気すらしていたのかもしれない。
日生には母親というものはいなかった。

日生の体つきはとても八歳とは思えなかった。園児で充分通用する。
着せられているものは、年相応に父親が選んだのではなく、適当にその辺から拾ってきたものだと、煙を吐いた男、真庭奈義(まにわ なぎ)は思う。
とりあえず、稼いでもらわなきゃ困るのはこちらだ…と、三千万の借金のカタを眺めていた時、ノックの音の後で、「三隅(みすみ)様がいらっしゃいました」と舎弟の声が聞こえた。

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また風呂敷を広げたらしい…。
先にお断りしておきますが、任侠ものではありません。
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新しい家族 2
2012-01-08-Sun  CATEGORY: 新しい家族
ドアの外から聞こえた『三隅』という名前に、咄嗟に真庭は「入れるなっ」と怒鳴ったが、ほぼ同時に勝手にドアが開かれた。入ってきた男の意思で開けられたものらしい。
真庭と同じくらいの歳の頃、四十代の半ばと思われる大柄の男は、これまで見ていた黒い服の男たちとは雰囲気が違っていた。
ダークブラウンのスーツをきちっと着こなし、白いものが混じる髪も撫でつけられている。
強面の者たちと比べるとふんわりとした優しさが滲み出ている。
日生は相変わらず状況が分からず、呆然と成り行きを見守るしかなかった。
彼の後ろで慌てた、彼より小柄な男が言葉だけで引き止めようとしているのが見えたが、全く聞いていない様子だった。
「『入れるな』だと?随分なお出迎えだな。―――おい、なんだ、この子は?!」
事務所内に入れば嫌でも目につく異質な子供の存在。
驚愕の視線を子供に向け、直後に真庭を睨みつけてくる。
思わず額に手を押し当てたのは真庭だった。

真庭と三隅周防(みすみ すおう)は小学校からの腐れ縁、悪友と言える存在だった。
片や極道、片や真っ当な貿易会社の社長である。
世間に知られればあれこれと陰口を叩かれそうな三隅であるのに、付き合いはあくまでも個人的なものと分けており、事業に関わることはない。
とはいえ、さすがに世間体があるため、顔を合わせるのは年に数度くらいだ。
誰にでも睨みをきかせる真庭だが、唯一というくらい頭が上がらないのが三隅だった。
学生時代から真庭は友人ができにくかった。家庭事情が大きな原因である。
敷かれたレールの上を歩かざるを得なかった真庭の行く末は知れており、関わり合いになりたくない人間がほとんど。
また三隅は、父の経営する会社を継ぐのだと漠然と思うものがあったからなのか、気軽に付き合えないと一線を引かれていた。
将来が早くから決まっていたような二人は、他の人間とは感覚が少々違っており、何事においても冷めた目で見ていた。
人との付き合いにあまりこだわりのなかった三隅がいつも一人でいる真庭に声をかけたのがきっかけだったか…。
若気の至りか、いつも護衛のつく真庭が隙をみて、三隅を連れて夜遊びに出た時、どこからつけられていたのか、繁華街のど真ん中で真庭を狙った殺傷事件が起きた。
その時、先に気付いた三隅が庇って犠牲になった。
直後追いかけてきた護衛の集団がいたのだが、相手はその存在を知って場所を選ばなかったらしい。何が何でもと命令されていたのだろう。
慌てていて狙いを定められなかったのが幸いしたが、三隅は腕をざっくりと切られた。当時から体格の良かった三隅に助けられた形だった。
実はそんなことが幾度かあったりする。
精神的な面でも三隅は落ち着きがあり、自然と緊張感を解かせる。
初めて声をかけられた時、素直に三隅の言葉を受け入れられたのも、彼が纏うオーラが見えたからだったのかもしれない。
普段の威厳が全く通じない相手、というより、気を許せる相手…だろうか。
もちろんそんなことを認めたくない真庭ではあるのだが…。
命の恩人、と勝手に位置付けてそばにいてもらっているのは真庭のほうだった。

日生は大股で近づいてくる男を見上げた。今まで見た男たちの中では一番背が高いだろうなと何となしに思う。
「どうしてこんな事務所に子供がいるんだ?」
疑問はもちろん真庭に向けられたものだ。真庭は見られたものは仕方ないと自棄になりながら口を開く。
三隅が子供に対して口うるさいのは、誰よりも真庭が知ることだった。
特にこういった、一人ぼっちの子に…。
「事情があって預かったんだよっ」
「事情?おまえんとこの事情なんてろくでもない内容だろう」
「うるせー。関係ねぇだろ」
「どこの子だよ?」
「親戚の子」
「親戚~?おまえの親戚にこんな仕度をさせる子供はいないだろう」
苦々しい頭上のやり取りをキョトンと見上げていると、三隅が腰を曲げていきなり日生の脇の下に手を入れてきた。
日生が恐怖に脅える暇もない勢いで、三隅は徐に抱き上げた。尻の下に腕を回されて支えられる。
突然のことに日生は驚いて、また今まで抱きあげられたことなどなかったからいきなり視界が高く変わったことと、このまま叩き落とされるのではないのかという恐怖で咄嗟に三隅の首にしがみついた。両足も腰にしっかり巻きつく。
そのことを三隅は、こんなところに連れてこられて…という意味にとった。
「あぁ、怖かったよな~。こんなオヤジ共に囲まれて」
「おいっ」
「ボク、名前は?」
真庭が止めるのも聞かず、三隅は真庭に対するものとは全く違う優しい声をかけた。
声の柔らかさを感じて日生は顔をあげて正面から三隅を見つめる。
「ひなせ…」
「ひなせ。名字は?」
真庭は「チッ」と大きな舌打ちをした。日生の身元が割れれば売り飛ばすことなんか到底無理な話になる。
他の人間相手だったら強引に事が運べても、三隅相手に弱腰になってしまうのは、自分の弱さでもあった。
だが『三千万円』だ…。
日生は男の話す意味が分からず首を傾げた。
「みょうじ?」
おっとりと問い返されたことに、三隅と真庭の二人が同時に眉間に皺を寄せた。
三隅がすぐに真庭を見下ろす。だがそこでは声をかけず、再び日生に問いかけた。
「何歳?」
「七、…八歳…」
日生は言いかけた言葉を飲み込む。確か父親が『八歳』と言ったのを思い出した。間違えた事を言って、あとで殴られたり蹴られるのは嫌だ…。
ためらいがちに話す舌足らずな口調に、三隅の眉間の皺はますます濃くなった。世間の子供から完全に離れていることを即座に感じ取る。
例え七歳であろうが八歳であろうが、自分のフルネームくらい言えるものだろう。日生の反応は、三、四歳児となんら変わらないものだった。
三隅は日生を抱いたまま、真庭の正面のソファに腰を下ろした。

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新しい家族 3
2012-01-09-Mon  CATEGORY: 新しい家族
「事情があるって言ったな。なんだ、その事情ってぇのは」
三隅の声が低く響く。聞いたところで状況は想像できる。
この展開になると分かっていただけに、真庭は言いたくないと頭を抱えながら首を振る。白を切り通してこのまま大人しく帰ってほしかった。
事業主としては、子供が世間を何も知らない今のままで堕としていくのが一番簡単でいい。
三隅が尋ねてくれた内容は、年相応の能力を持たない、無知さを露呈してくれた。
今となっては日生は大事な金づるなのだ。三隅の知らないところで処分してしまいたい。
だが、三隅が聞いてしまった以上、…いや、聞かなくてもこの状況から簡単に引き下がる性格の人間ではないのを知り過ぎていた。
三隅の死んだ妻は施設育ちだった。それ故か家族愛に恵まれなかった人間を誰よりも気にかける。
今現在も、妻が育った施設に寄付金を送っているような人物。
子供には甘い顔を見せても、捨てた親にはヤクザ以上の制裁でも加えているのではないかと思うくらい冷酷な部分を持ち合わせていたが…。
『子供に何の罪がある』…と…。
ヤクザが金を追うなら、三隅は精神を追った。どこの伝手を使うのか、二度と甘い汁は吸わせないといった感じで、束の間の喜びさえ奪った。
だからこうして、真庭とも真正面から向き合える神経を持っているのだろうか…。

双方の意思は黙っていても通じている。
三隅とて、真庭の家業を知るだけに、この子が無事で済むはずがない背景は見えていた。だからこそ、出会ってしまった今、抱いたこの手を離す気にはなれなかった。
真庭が答えないのを都合よく解釈する。黙って首を振られたことは、事情はない…と。
「ならば俺がこの子を連れて帰っても問題ないな?」
もちろんそのことに驚いたのは真庭である。トンビに油揚げをやる気はさすがにない。
「ふ、ざけんなっ!!」
「いくらだ?」
怒声のあとには酷く落ち着いた声が響く。
一瞬何のことだと真庭の動きが止まった。
見据えた先には、同じく自分を見据えている強い眼差しがあった。
これ以上回りくどいやりとりをしたくない思いがふつふつと三隅の中に湧いてきた。
どなり声がするたびに腕の中の日生がビクビクと震えている。彼がこういった声に弱いのはすでに知れた。
「周防、おまえ、何言って…」
「この子はいくらでここに来たんだ?俺が払う」
あまりにも淡々と話されることに真庭のほうが目を剥いた。
人の借金を肩代わりした上に、子育てまでするというのか?!
仮に施設に預けることになったとしても、どうしてそんな大金をこんな子供のために使うのか理解できない。
「おまえ、馬鹿かっ?!三千万だぞっ。何でおまえが…っ!!」
「この子がたったの三千万?!…ふざけんのもいい加減にしろっっ!!!」
真庭の言葉を遮る形で、三隅がテーブルを蹴りあげたおかげで、テーブルの上にあったガラスの灰皿がもれなく真庭の元へと吹っ飛んで行った。
周りを囲んでいた男たちが慌てるものの、普段から三隅は特別視されていたため、どうしたらいいのかと挙動不審に陥る。
肝心の真庭が何も言わないのだから手の出しようがない。

三隅に抱かれた日生は激しい物音に脅えた声をあげて震えながら泣き出した。
危害が絶対に自分に来ると思っていた。どなり声の後には必ず自分が痛い目に合うのが日常だった。
日生を宥めるように、三隅はポンポンと頭と背中を軽く叩いてあやした。こんな子供が親の犠牲で傷つくのはどうにも我慢ならず、居た堪れなかった。
温かく包まれることのなかった日生はそのことにびっくりして顔を上げる。殴られないのかと…。
怒った声を上げた人と同一人物とは思えないほど優しい眼差しで日生を見ていた。指先が絡まった髪を撫でてくれた。
「こんな怖いところにはもういたくないよな。おじちゃんと一緒に行こう」
周りを見渡す中で、一番温かな表情をしているのが、目の前の男だった。
日生は迷うことなくまたぎゅっと首にしがみついた。
三隅は真庭に再び確認をとる。
「父親の名前は?元住所でも何でもいい。奈義が知っていることを全部教えろ。借用書は後で取りに来てやる」
真剣な口調で詰められた時、真庭は何を言っても無駄だということを痛感していた。
そこには呆れと羨望が合い混じっていた。
まっすぐな心は、時に人を傷つける自分たちを無言で貶す。自由に守るものを選べるのは、生きる世界が違う人間だからなのか…。
出会わなければ良かった…と思ったのは、何度目だろうか…。
しかしなにがあろうが正攻法で三隅は切り崩していった。
そう、今のように。
無言の圧力。…『金が入ればこのガキに用はないんだろう』と…。
…そのとおりでございます…と答えるのも、もう癪だ。
「テメェっ、きっちり払えよっ!」
親に関する書類を叩きつけながら嫌味で告げたら、「明日小切手を送らせる」と、もっと嫌味な答えが返ってきた。
三千万の金は一晩で用意できるらしい…。
おまけで付いてきた言葉は、「これ以上利息を取られたくないからな」というものだった。

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新しい家族 4
2012-01-10-Tue  CATEGORY: 新しい家族
日生は白の大きなセダン車に乗せられた。
こんなに大きな車は見たこともなかったし、乗ったこともなかったからキョロキョロとしてしまう。
流れていく景色の早さ、夕焼けと夜景の綺麗さにも驚いて伸びあがろうとして、「こらこら。ちゃんと座っていなさい」と咎められた。
伸びてきた手に一瞬ビクッとなったが、大人しく座っているようにと頭を撫でただけで去って行った。
…この人は、怒らないのだろうか…。
ふとした疑問が日生の脳裏を掠める。
これまでは父親の思い通りにならなかったり、機嫌が悪かっただけですぐにぶたれた。
だから日生はできるだけ部屋の隅で、目に付かないように生きてきた。

やがて着いたところは大きなマンションだった。
二階建ての小さなアパートで暮らしていた日生にしてみたら、そこが家だということが信じられなかった。
地下の駐車場に車を停め、降りると日生は再び抱っこをされた。
エレベーターに乗り、一番上のボタンが押される。
「日生。おじちゃんと一緒に住むか?」
突然尋ねられて、意味が分からない日生は首を傾げる。
「施設でみんなとワイワイ暮らすのでもいいが…。…日生、八歳って言ったな。学校はどうした?」
三隅は質問しながら一番の疑問に辿り着く。あのたどたどしい返事とこのスローな反応は集団生活を送っていたものではない。
「がっこ?」
案の定、その言葉さえ通じないようだった。
一体どんな暮らしをしていたのかと三隅は内心で怒りを覚えた。
こんな子が施設に入ったところで上手くなんかやっていけないのは目に見えている。精神的に追い詰められていくだけだ。
この時すでに三隅の心は決まっていた。

エレベーターを降り、長い廊下を突き進んでいく。
シーンと静まり返った場所はなんだか不気味な所へ連れて行かれるようで不安が増した。カツカツと三隅の歩く音だけが響く。
奥へと辿り着くと大きくて重そうな玄関扉を開けた。
ここが家なのだろうか…。
入ってすぐの空間は広々としていたがテーブルも何も見当たらない。部屋じゃないのか…?
全てが初体験で、何も理解できない日生は三隅にされるがままになっていた。
一度そこで日生は下ろされた。
「さぁ、靴を脱いで。今日からここが日生の家だよ」
三隅に微笑まれて、とりあえず、うん、と頷く。
大人に逆らってはいけない…。日生の中に一番強くある感情だった。

このマンションの最上階は5LDKの間取りの家が三戸あるだけだった。全て三隅が所有している。
エレベーターを降りて一番手前の部屋は、五十歳になる家政婦の油谷清音(あぶらや きよね)が住んでいた。
三隅の妻と同じく施設で育ち、油谷のほうが二つ年上だったが姉妹のように育ってきた。三隅と結婚してからも親しい付き合いは続いていたが、妻にとっては突然訪れた、施設育ちから資産家へ嫁いだ環境の変化に耐えられなかったのだと思う。そんな妻をずっと支えてくれていた。
葬儀の時も真っ先に駆けつけてくれて、三隅は妹を殺してしまったような罪悪感に囚われた。
その当時、三隅には小学校に上がったばかりの息子和紀(わき)が一人いた。
まだ人肌恋しい年頃である。油谷とはいつも顔を合わせていたし、和紀も懐いていた。
ちょうど職を失っていた彼女に、住み込みで家政婦にならないかと話を持ちかけたのはその時だ。
何もこんな高級なマンションでなくても、給料がもらえれば安アパートから通う、という油谷を、「近くにいてくれた方が安心だから」と説き伏せた。
事実、三隅も仕事が多忙を極めていた時期であった。
「もし良い人ができれば、ここに住んでもいいし、出ていくのでも構わない。ただ、できるだけ仕事は続けてほしい」
家と職を与えること。…せめてもの償いだったのかもしれない…。
彼女は今でも独身でいる。

玄関からは日生は手を引かれて歩いた。短い廊下のあと、左右に分かれる廊下がある。
三隅は真正面にある格子の枠に擦りガラスが嵌めこまれた観音開きのドアを開けた。中は白を基調とした明るい部屋で、広々としたリビングには黒のソファがL字形に配置されている。続いているダイニングとキッチンは目隠しの意味も兼ねて、少し奥へと引っ込んでいた。
六畳間にちゃぶ台一つしかなかった日生のアパートに比べたら、まさに夢の空間だった。
声の一つも出せないでいる日生をソファに座らせていると、また扉が開いて、若い男が入ってきた。
二十歳くらいか。派手に着飾ることもないが、人目を惹く顔立ちをしている。三隅の面影をどことなく映していた。

「あれ、親父、今日飲んでくるって…、…って、なに、その子」
すぐに日生の前に来た背の高い男は三隅に並んで立った。
不思議そうに日生と三隅を見比べる。
「うちで一緒に住むことにした。日生だ。日生、こっちは今日からお兄ちゃんになる和紀だよ」
「はぁ?!ちょっ、ちょっと待てよっ。なんだよ、いきなりっ」
何の前置きもなく結論だけを告げられて思いっきり狼狽する和紀は三隅に詰め寄った。しかし三隅はすでに聞く耳を持っていない。
「奈義のところにいたんだ。あのままにしておけないだろう」
奈義という人物がどういった人間なのかは承知している。できることなら付き合いをやめてほしかったが、親の友人づきあいに口を出すのも変な話かと黙っている。
今のところ面倒事に巻き込まれていないから…という甘えもあった。巻き込まないだろうとどこかで奈義の気持ちを信じているのかもしれない。奈義には奈義なりに思うものがあること…。
「だからって…。…施設は?」
「たぶん、無理だ」
断言されて和紀は黙ってしまった。父親が確信することはほぼ間違いなく外れない。その理由は一緒にいれば分かるといったものか…。
和紀はソファにちょこんと座って俯いてしまった日生を見下ろした。
色の白い小さな子供だな…という印象が第一。脅えたように小さくなる姿が庇護欲を誘った。
一人っ子であったため、弟か妹が欲しいと願ったことは多々あるが…。
自分を産んでから余計に病弱になっていった母に願えるはずもなく。そして父に再婚も持ちかけられず。
まさか二十歳になってからその夢が叶うとは…。…という問題でもない。こんなに簡単に物事を決めてしまっていいのだろうか…。
犬猫を拾ってくるのとはわけが違う。

三隅は財布を取り出すと数枚の札を和紀に渡した。
「和紀、生活に必要になりそうなものをとりあえず揃えて来い。清音さんに時間外手当出すからって頼んでもいいし」
「清音さん、友達と会う約束があるからって早上がりしていったよ」
「じゃあおまえが行くんだな」
「…って、えっ?!親父、どーすんの?」
「弁護士に会ってくる」
それが日生に関することなのだとは和紀も気付いて黙って見送った。

日生は見知らぬ男と二人きりにされてしまって、今度は何をされるのかと、また不安だらけになった。

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新しい家族 5
2012-01-11-Wed  CATEGORY: 新しい家族
和紀はソファの前、ラグの上に膝を下ろして日生と視線を合わせた。
日生がビクビクしながら和紀を見返してくる。
「日生…くん?」
和紀が確認するよう名前を呼ぶと、こくりと小さく頷いた。
施設には何度も連れて行ってもらっていたから、子供と触れあったこともある。大したことをしたわけではないが…。
「よし。じゃあお兄ちゃんとお出かけしよっかー」
努めて明るく話しかけたつもりだった。慣れない場所に連れてこられて緊張しているだけなのだと思った。
頭の一つでも撫でてやろうと手を伸ばすと同時に、ビクンっと大きく日生の体が跳ねた。
「え?」
和紀の手が触れる前に離れる。脅えた目があまりにも衝撃的で、何故に脅えられるのかが理解できなかった。
確かに『見知らぬ人に付いていってはいけません』的な教えがあったとしても…だ。
「日生。お兄ちゃん、何もしないよ。今は車に乗って買い物に行こう。で、またここに帰ってくるんだよ」
できるだけ優しく語りかける。父親が連れてきた子供は何人か見た。すぐに施設に引き取られたが、一緒に住むと語られたのは初めてのことだ。
それだけ深い事情があったのだろうか。
また違うところに連れて行かれるのではないかという不安を拭うように、うちに帰ってくることを強調してみたのだが。
少しぐらいは子供に慣れたところもあるかと思っていたが、自惚れだったのだろうか。
知らない人の前でいきなり人懐っこくもならないだろう。こちらから歩み寄らなければ心は解れないのではないかと和紀は考える。
日生は分かっているのか分かっていないのか、ただ、うん、とだけ頷いた。
和紀が立ち上がるとソファを下りて後を付いてこようとする。
座っていた時には特に気にならなかったが、身につけているものは誰かのおさがりか、ダボダボとしていてみっともない気がした。
失礼ながら連れて歩くにも少々憚られるような気がして、まずは衣料品店かなと頭を巡らせる。
当然ながら子供服など買ったことはない。見かけたことがある店…。
さらに日用品までまとめて購入できる場所…。郊外にある大型のスーパーに行くことにした。

こんなところには来たこともないのか、日生は建物を前にひたすらキョロキョロとしている。
すぐにでも迷子になりそうな気がして、車から降りてすぐに和紀は日生の前で腰を折った。
「迷子になったら困っちゃうから、お兄ちゃんと手をつないでもいい?」
迂闊に触れられることを嫌がるのかと、一応断りを入れると、また無言でうなずいて、差し出した掌に小さな手を乗せてきた。
そのあまりの小ささに分かっていながら和紀の方が驚いたくらいだった。
か弱いものの象徴である気がした。
真っ先に向かった衣料品コーナーで女性店員をつかまえて、日生に合いそうなサイズのものを探してもらう。
今着ている服があまりにも大きすぎて、「一度サイズを計りましょう」と店員と日生のふたりは試着室に入った。
和紀はその間外で待つことにしたのだが、その時ですら日生は脅えた視線を和紀に向けてきた。女性になら甘えるかとも思ったが違っていたようだ。どうしたのかと訝るが、「大丈夫だよ」と頭を撫でて見送った。
だがすぐに中から「お客様――っ!!」と奇声を上げる店員の声が響いた。
何事だろうと和紀は胸騒ぎを覚える。
「え?!あの、なにか、どうか…?」
日生と一緒に試着室に入っていた店員が青ざめながらそっと少しだけ扉を開けた。
中を見てもいいものだろうか、悩む間もなく店員に「これは…っ?!」と詰問される。
顔一つ分、扉を開けて覗きこんだ先、下着一枚にされた日生がガタガタと両の拳を唇の前で重ねて震えながら立っていた。そして目に映った背中の、丸く焼け焦げた痕がいくつか…。
それが煙草の火を押し付けられた痕だと判断できるまで時間を要さなかった。
「な…っ?!」
和紀もあまりのことに目を見開いて凝視してしまう。この場で、これ以上何をされるのかと完全に脅えた目があまりにも痛々しかった。
「こんな…っ、ひどい…っ!!」
この時和紀は、頭の中で点が線になったと思った。
何もかも合点がいく。触れようとするたびにビクッと反応したことも大人に対して恐怖心を抱いていることも。何かを言っても意思表示なくただ頷いて従ってくることも…。
彼は常に『虐待』の中にいたのだ…。見知らぬ人間は全て恐怖の対象…。

和紀の声のほうが震えた。
「あ、とで確認してみます。…っ、すみませんが、あの、なんでもいいです。何点か見繕ってもらえますか?」
和紀の反応に店員も原因が違うところにあるのだと分かったのだろう。あとは余計な問題に巻き込まれたくないか…。
試着室を出て行った店員の代わりに、その場で膝をついた和紀は、震える日生を腕に抱きしめて指の腹に引っ掛かる背中を撫でた。
「大丈夫だよ。もう心配しなくていいから…。…守ってあげるから…。お兄ちゃんが守ってあげるから…っ」
淡々と過ごしてきた日々の中に突然吹いた風。初めて抱いた憎悪と慈愛だった。

目にするのがおぞましく、まず下着を着せて隠してから、日生に似合いそうな服を選んできてくれた。
「色が白いから明るい服が映えますね」
傷のことさえなければコーディネイトを楽しむ『親』となった女性店員に感心しつつ、購入した服に着替えて、これまで着てきた服の処分を頼んだ。
数点の洋服と下着を紙袋に入れてもらい、和紀と日生は売り場を後にした。
きちんとした服に身を包んだ時、和紀は日生の見栄えの良さを感じ取ることができた。ボロボロな姿だったが、きちんと着飾れば贔屓目でなくても『可愛い』部類に入るはずだ。

「必要なもの…って…、あと何が要るんだろう…」
あたりまえだが、身近に子育てに勤しむ友人はいない。おかげで全く分からない。
意味もなく歩きだし、どこに向かおうかと悩む和紀の手が、少しだけ後ろに引かれた。
日生とは手をつないでいたから、自分の歩みが早かったのかと振り返ると、テナントの一つに視線を向け、不思議そうにポップコーンが回っている機械を見ていた。
周囲にはキャラメルの香りが漂っている。
人差し指を口に入れてしまうあたり、もしかして欲しいのかと日生を覗きこんだ。
「ひな、食べたいの?」
問えばビクッとしたが、『食べる』ということに反応する。
「食べられるの?」
たどたどしい答え方は初めて見たものだと伝えてくる。くるくる回る物体は香りこそいいものの、食べ物とは思えなかったのだろう。
「もちろん。ポップコーン。知らない?」
極力目線を合わせるようにして話しかけると、小さく首を縦に動かす。
初めてのものなら興味を惹かれて当然のことだった。
「食べる?」
和紀がもう一度確認すると、何故か慌てたようにブンブンと首を横に振った。欲しい、ということがまるで悪いことだと言わんばかりに…。
子供が欲求を口にすることの何がいけないことなのか…。そう思わせてしまうことがまた悲しさを誘う。
和紀はそれ以上日生の意見を求めず、ポップコーンを一つ購入した。店員が円筒状のカップに掬い入れてくれる。
一瞬驚いた日生だったが、両手の間に握らされてようやく自分にもらえたのだと嬉しさが湧く。
しかし、日生が片手で持つには大きすぎるカップだった。
早速中身を掴もうと片手を離した途端、カップは地面に落下したのだ。
「あ―――っ!!!」
悲鳴のような声をあげて、日生は床にしゃがみこんで膝をついた。それから落ちたポップコーンを慌ててつかんで口に入れた。
その光景に驚いたのは和紀のほうで、「ひなっ!」と背後から抱き上げる。
和紀の声に我に返ったのか、それともまた怒られると思ったのか、頭を抱えるように身を竦ませた。
肌を通して彼を震撼させたのが嫌でも伝わった和紀だった。和紀が上げた制止の声は、暴力を振るわれることにしかつながっていない。
…この子は、どれほど食に飢えて、かつ、脅えていたのだろう…。
「ひな、怒らないから。でも落ちたものを食べちゃダメだ」
すぐにでも泣き出しそうな日生を腕の中へと抱きあげ宥めて言い聞かせる。和紀はもう一つ購入すると、掃除もお願いしてきた。
首に巻きついてくる腕が激しく許しを乞うているようで、それもまた悲しい。

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