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BLの丘
見下ろせる場所 6
2011-07-03-Sun  CATEGORY: 見下ろせる場所
皆野が向かったのは羽生の店だった。
味にも定評があり、客の好みにも対応してくれる。親しい仲だからこそ、口に出しやすい部分もあるし、先日慎弥と会っていることで立場を理解しており、皆野の現状を何の説明もなく悟ってくれる。
残務処理と移動のおかげで遅くなってしまったが、慎弥は文句も言わずについてきた。
羽生の姿を視界に入れて、慎弥は一瞬驚いたようだったが、わざわざここまで来たことにも納得ができたらしい。

メニューを前に好き嫌いを聞いても、「特にない」と答えられる。
「おすすめとかの、おまかせでいいから」と言われて、皆野は慣れたようにいつものコースを注文した。

「お部屋でのお食事では味気ないものでしょう?」
慎弥が抱いた感情はさておき、ルームサービスを嫌がった点だけに的を絞って話を進めると、露骨に嫌な顔をされた。
何かマズったか?と皆野に僅かな緊張が走る。
「草加さんって、いっつもそういう口調なの?違うでしょ?もう仕事、終わっているんだしさぁ。ここまできて『客』だと思わなくていいから」
「ですが…」
「ってか、明らかに俺の方が年下じゃん。畏まられると逆にどうしていいか分からなくなる…。…せめてこういうところでは普通でいてよ…」
強気な発言をしたかと思えば、言葉尻が情けないほどに弱々しくなっていく。
一種の照れ隠しなのだと気付くまでにさほど時間はかかりはしなかった。素直に言うことができないから上から目線の強い口調になり、だけど相手に意に沿わないと言い渋られて、結局正直に伝えたいと言葉に出す時、こうして照れが纏うのだろう。
そういえば昨夜の帰り間際もこんな感じだったな…と振り返った。
あの時は騒動を起こしたことだと皆野は勘違いしていた。結局は岩槻に言われて事実が発覚したが、本音が出る時ほど、羞恥心を抱くようだ。
受け答えてくる反応はあまりにも無垢なのに感情を吐露するのは違うようで…。内心でそのギャップが不思議に思えてくる。
多少口調を弛められたとしても、岩槻の手前を思うと完全に崩せることなどできるはずがなかった。

話の中で慎弥は海洋学を学ぶ大学院の研究室にいると教えてくれた。
将来も岩槻家の事業には携わる気はないのだという。
そんなことを聞いてしまっていいのかと焦るが、すでに血の繋がった親子ではないとまで知らされていれば、岩槻の耳に入っても問題視されないだろう。無論、言いふらすわけでもない。
慎弥が事業に関わりたくないというのには、思うところもあるのかと返す言葉を失った。
一見、仲の良い親子兄弟のように見せておきながら、そうせざるを得なかった深い傷が潜んでいるのだろうか。
しかし、皆野が見ていた限り、無理して演じているようにも感じられない。慎弥が岩槻に寄り添う姿は自然な態度だ。
本音でぶつかっていけているのは、受け止めてくれる力を信じているからだろう。

皆野の対応もあるのか、慎弥の態度もどんどんと砕けていく。
話の内容も意味深いものが次々と込められてきて、最初は躊躇したが、慎弥が話したいと思ってくれたことは嬉しいことでもあり、また皆野に信頼をおいてくれていると思える証拠でもあった。
「俺のお父さん、岩槻のお義父さんの秘書をしていた人で…。だから征司くんとは産まれた時から知ってたようなものなの」
「そうでしたか…」
「お父さんたち、仲が良かったんだよ。だけど、俺のお母さんが死んじゃってからお父さんも体調悪くし始めて…、そのまま…。…で、お義父さんに『うちの子になろうな』って言われたの」
暗くならないようにとわざとらしく笑みを浮かべる姿が痛々しかった。
このことを、こうして何人の人間に語ってきたのかと想像すると胸が痛くなる。
岩槻は『物事の判断ができた歳』と言っていたから、就学する前か…。
兄のような存在は、本当の『兄』になってしまったわけで、それでも岩槻家に引き取られたのは、慎弥の中で救いだったのかもしれない。
岩槻家の人間が、”甘やかしまくった”理由も分かるような気がした。

コース料理を食べ尽し、気がつけばレストランの閉店の時間だ。
ここからホテルに向かえば10時前の到着になる。さすがに岩槻も戻ってくる頃だろうと慎弥に声をかけると、「ねぇねぇ、まだ遊びに行こうよ」ととんでもない返事が返ってきた。
「ゲームセンターとかボーリングとか。夜中までやっているところ、あるでしょ」
「しかし…」
「いーじゃん。征司くんだって勝手に出て行っちゃったんだもん。俺だって好きに遊ぶー」
そんなところで対抗心を燃やしてどうするんだ、と言いたくなるもんだ。
少なくとも片や仕事の延長のようなものだろう…。
それでも逆らえずに付き合ってしまうのは、顧客の要望に応えたいからなのか、個人的に希望を叶えてあげたいからなのか…。

複雑に絡み合う心理状態を抱えながら、皆野は慎弥をボーリング場に連れていくことでご機嫌をとった。


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小悪魔だ…。
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見下ろせる場所 7
2011-07-04-Mon  CATEGORY: 見下ろせる場所
2人で行うボーリングゲームなどあっというまに1ゲームが終了してしまう。
久し振りのレジャー施設ということと、慎弥の無邪気な反応に皆野も頬が緩み、頑なだった口調も崩れ、周りと同じようにハイタッチなども繰り広げた。
「草加さん、上手過ぎ~」
「そんなことないって」
「ストライク連続5回とかありえな~いっ」
慎弥はジタバタと剥れていたがそれすらも楽しそうである。友達と遊びに行くこともあるだろうに…。

皆野が買ってきたスポーツドリンクをコクコクと飲み干しながら、まだやる、という慎弥に付き合って、2ゲーム目も中盤に差し掛かった時、皆野の携帯が鳴った。
そういえば…と皆野はふと思った。
皆野の前で一度も慎弥が携帯電話を出してこないのは、案の定、持ってきていないのだろう。
例え皆野からの伝言を聞いたところで、岩槻なら真っ先に慎弥に連絡をしてきていいはずだ。

かけてきたのはホテルのフロントスタッフだった。岩槻が帰ってきたという報告である。
意外と遅かったのだな…と腕時計を見下ろした。このまま2ゲーム目を終わりにして送り届けても日付が変わるまでにはまだ時間がある。
「もうすぐ戻るから…」
その場で小さく答えて通話を終わりにすると、聞いていたらしい慎弥が居心地の悪そうな表情を浮かべた。
はしゃいでいた気分が一気にしぼんだといった感じだ。
「どうしたの?慎弥くんの番でしょ?」
気に掛けさせないように、通話の中で固有名詞なども出さなかったつもりだ。従業員も理解しているから無駄な話などしない。話した言葉など、それこそ、一言二言だった。
俯いてしまった慎弥に皆野は、そっと近づく。
「突然どうしたの?」
「もしかして、今日、草加さん、予定あったんじゃ?」
「??何もないけど?」
「だって今『すぐ帰る』って…」
どうやら、慎弥は先程の会話から、相手を皆野の恋人かなにかと勘違いしているらしい。
奔放に振舞うかと思えば、時折こうしてきちんと気遣いをしてくるんだから…。本当に良く分からない子だ。
同時にその内容で落ち込まれることに優越感を覚えた。皆野は心配ないと笑顔を向けた。
「相手がいたらいくらなんでもこないって」
それでも納得いかないといった雰囲気は消えない。自分が起こした行動が慎弥の楽しみに水を差したのは確かだった。
ここで電話を受けてしまったのはまずかったな…と少々は後悔する。腕時計を見たのも逆効果だ。
「慎弥くんを連れだしたの、俺でしょ?」
たとえどんな流れであれ、慎弥に声をかけたのは皆野の方だった。
そう言い含めると、少しは状況を思い出したのだろうか。
「…ん…」
どうにもいじらしくて、自然と手が伸びてしまう。
岩槻がしていたように頭上に掌を乗せると、擦り寄ってくる猫のような動きをした。そのことに皆野の方が驚かされる。
慌てて手を離した。
手に吸い付く…というのはこのようなことをいうのだろうか…。

慎弥の気持ちを回復させる、というより、自分の気持ちを落ち着かせたくなる。
…なんだ…、この反応…。
慎弥も、いつもとは違う手の温もりを感じ取ったのか、岩槻に対してと同じ行動をとってしまったと恥じらいを見せた。
皆野はわざと気付かないふりをした。
平然とするしか、この場を収める方法が見つからなかった。

なんだか釈然としないまま2ゲーム目が終わり、さすがにこれ以上続けようとは慎弥も言い出さなかった。
はしゃいでいた時間が幻だったかのように他愛もない会話を繰り広げ、車窓を眺めている。
突然訪れた外出の時間は、やはり呆気ないほどの勢いで終了の時を迎えるのだ。
そのことがひどく恨めしく、残念で仕方がない。

皆野はボーリング場を出る前に電話を入れていた。あとどれくらいで到着するかが分かれば岩槻も安心するだろうと、フロントの人間に伝言を頼んであった。
ホテルの玄関前、脇にあるスペースに車を停める。本来駐車場ではない場所だったが、今の時間では邪魔になることもない隅だ。
「草加さん、今日はありがとう」
慎弥は笑みを浮かべて礼を言ってきたが、部屋までは送り届けてやろうと皆野も車を降りる。
一緒に入っていくと、真っ先にフロントに立つ従業員と視線が合い、その視線は無言でロビーにある席に移動された。
即座に皆野も視線の先を追う。
一分の隙もない精悍な姿は、慎弥がこのロビーで見送った時のそのままだった。
岩槻が疲れの表情を滲ませながら、入ってくる客(この場合、客になるのか…)を逐一観察していたようだ。
岩槻の存在に気付くことなく、まっすぐエレベーターに向かおうとする慎弥の腕を引いてしまう。
「草加さん?」
「慎弥…っ」
怒鳴るわけではない、だけど低く込められた声ですら、夜も遅いこのフロアではよく響いた。
その声に反応して、慎弥の視線が皆野から反れていく。
「あ…、征司くん…」
ようやく気がついた、という態度で慎弥が呼び声をかけると、つかつかと歩いて寄ってきた岩槻が二人の前に立ちはだかった。
「このたびは…」
皆野が頭を下げて言いかけたその時、ヒュッと風を切る音とパシンっという乾いた音が重なった。
「え…?」


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見下ろせる場所 8
2011-07-05-Tue  CATEGORY: 見下ろせる場所
岩槻の手が張ったのは慎弥の頬だった。
痛みすら忘れたように呆然と立ち尽くす慎弥が、意味も分からなく岩槻を見返している。
「……」
「どれだけ草加さんに迷惑をかける気なんだ?立場を利用して甘んじているつもりか?」
岩槻の口調は厳しいものだったが見つめる瞳には困惑と庇護欲が見え隠れしていた。本当なら手などあげたくなかったはずだ。それでもこうしなければならなかったのは、皆野や話を知っている従業員の手前だからなのだろうか。
慎弥が我が儘を通すことは誰以上に岩槻が良く知り過ぎている。だけどそれを誰にでも向けていいものではない…と。
岩槻には世間体を重んじるニュアンスや態度が含まれていたが、岩槻の言いたいことの違いを慎弥が気付くはずがなかった。
皆野は咄嗟に二人の間に入り込んだ。
「ちょ…っ、ちょっと待ってください。慎弥くんだけを責めるのは…」
「草加さん。今回ご迷惑をおかけいたしました件につきましては、私の方から後日、個人的に謝罪をさせていただきます」
一方的に話を終わりにしようとする岩槻に、部屋に行こうと腕を取られようとした慎弥が勢いよく振り払った。
慎弥の抵抗に岩槻の眉がぴくりとした。

「しん…」
「征司くんなんか嫌いっ!!大っきらいっ!!!」
振り払ったその手が拳となり、激しく岩槻の胸にぶつかった。
「慎弥っ」
「……っっ!!!」
暴れる体を抱え込もうとしても勢いを増した怒りは治まることもなく、クルリと踵を返した慎弥は、入ってきたばかりのエントランスの扉をくぐっていく。
「慎弥っ!?」
「慎弥くんっ!!」
最後に見た顔は濡れていた。

この時、皆野の頭の中から、岩槻が客であるということがすっぽりと抜けていた。
「説明はあとでしますからっ!!」
半ば怒鳴りつける勢いで言い残して慎弥の後を追う。
フロントにいたスタッフにも呼び止められた気がしたがかまってなどいられなかった。
岩槻の言い分も理解はできたが、慎弥の性格を思えば裏切られた行為にしかならないと分からないはずがないだろう。
全ては岩槻の持つ『立場』なのか…。
岩槻の事業には携わらないと言い切った慎弥の心の闇も、なんだか見えてくるような気がした。

とにかく今はあの華奢な体を捕まえることしか頭にない。慎弥のような姿見の者が、こんな夜遅くに一人でうろついていて良い場所でないのは皆野が嫌というほど知っている。
大通りへ出る方向へと走っていった慎弥の後ろ姿を追って、皆野も走った。
少し先には闇雲に逃げようとする慎弥の背中が見える。
「慎弥くんっ!!」
皆野は状況構わず、目一杯の大声を出す。ぴくりと肩が揺れるのも外灯の明りのおかげで知れた。
「慎弥くんっ、待って!!」
それでも歩幅が緩まない慎弥に向けて、皆野の叫び声が街中に響いた。
懸命に追いかけるとすぐにその距離は縮まる。後ろから抱きこむようにして背中を捕らえると足がもつれて二人同時にアスファルトの上に転がり込んだ。
咄嗟に受け身をとったのは皆野だ。強かに肩を打ちつけ、その上に慎弥の体が振ってくる。
「…っつぅ…っ!!」
硬い地面にぶつかり、更に押される重みで苦痛の声が漏れる。だけど一度捕まえたものを手放すことなく力強く抱きしめたままでいた。
慎弥に傷がなければいい…。ただそれだけを願った。

自分の痛みはどうでもよく、すぐに体を起こしては力の抜けた慎弥を心配する。
「ごめ…、怪我は…?」
地面に座り込んだまま胸に収まる体に、勢い余ったことを謝罪すると、泣いていた瞳が大きく見開いた。
「慎弥くん?」
どこか打ったのかと心配になって覗きこむと、視線の先が皆野の肩に向けられる。ふっと見下ろせばシャツが擦れて破れていた。
皮膚が直接擦れなかっただけマシというものだろうか…。
そんなものはどうでもいいといった態度で、慎弥の無事を確かめると、声を失ったかのように呆然としていた慎弥がグズグズと泣き崩れてきた。
「…ぅ…して……、なんで…、…こんなことまで、して、くれなくって、いいのに……っ」
感情の矛先をどこにぶつけていいのか分からずにいる姿が実に儚げだった。
兄に叱られたことが過去にどれくらいあったのかなど知らない。そんな時でも岩槻ならすぐにフォローを入れただろう。
必要としている手が差し伸べられないこと…。追いかけてきたのが皆野だったこと…。
端から見ればただの兄弟喧嘩でも、今の慎弥には重くのしかかってきている。置いてきぼりをくらったことも、叩かれたことも、見放されたような感覚の中に落としていた。
兄という存在が遠くに行ってしまい、心の拠り所を完全に見失ってしまっているのだ。
そして放たれる、自分を卑下する言葉…。
「とにかく無事で良かった…。頬は?痛くない?」
まだ先程叩かれたばかりの慎弥の頬に指先を這わせると、零れ落ちた涙の滴が触れる。
か弱き姿に手を上げさせてしまったのは自分だと、皆野は自分を責めた。
もっと立ちまわりが上手く出来ていたら、こんな苦痛を与えずに済んだはずだ…。

皆野は悔しさに唇を噛みしめた。
震える肩を抱きしめながら、守ってやりたいと思った。
万華鏡のように様々な表情を作りだすこの細い体を…。ありのままを宿す無垢な心を…。
皆野がかき抱く腕の中にすっぽりとうずまる、小さな体。
気の強さは、そんな自分であっても離れていかないと自分自身に言い聞かせたいためであり、本当の心の底は置いていかれることを常に不安に感じている。
かつて、両親を失った経緯も関係しているのだろう。
『こんなことまでしなくていい』…。
皆野まで拒絶しようとする台詞には充分なほど、人を試しては自分が傷ついていたことが物語られている。
わざとらしく告げられる我が儘。そうではなくて、本心から望まれる声を聞いてみたい。

守ってきたはずの岩槻が取った今日の件は、慎弥にとってあまりにも暗い影となった。

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見下ろせる場所 9
2011-07-06-Wed  CATEGORY: 見下ろせる場所
逃げ出してきた慎弥が大人しく、「ホテルに戻りましょう」と言った皆野の台詞に従うわけがなかった。
今となっては顔を合わせたくないのも分かるが、このままでは何も解決はしない。それに、岩槻には皆野から説明する気でいる。
話して分からない人間ではないことくらい、皆野も承知済みだ。
きっと慎弥が淋しがっていた気持ちは岩槻の方が痛いほど知っていた。どれほど構ってやりたくても、優先すべきことが彼にはあった。
皆野をうまく手玉にとったとして、皆野に気を使って慎弥を叱りつけたのだろうが、あの場でハグでもしてくれた方が皆野は落ち着いたかもしれない。
その代わり、慎弥の本音に気付くこともなかっただろうが…。

戻りたくないという慎弥の態度には、これまでに見た強気な態度は微塵も見られなかった。
気落ちした雰囲気はこの先どこに向かったらいいのだろうと、迷子になる姿だ。
たぶんもう、以前のように岩槻に対して慎弥が振舞うことは、この先ないのではないかと思うほどに…。
皆野が慎弥の手を取り繋ぐと、最初こそ驚かれはしたが、抵抗されることもなくされるままになっている。
「岩槻様は誰よりも慎弥くんのことを思われているのですから…」
過去を振り返ったのか、皆野を安心させようとしているのか、慎弥は静かに頷きはしたが、分かっていても、一度巣食ってしまった闇を払うのは容易なことではないだろう。

無言で来た道を戻った。
煌々と明かりの点いた館内は外からでも良く見える場所がある。その正面で、重役が岩槻に米搗きバッタのように腰を曲げていた。
思わず立ち止まってしまった皆野だ。
同じように視線を向けた慎弥が不思議そうに「何で?」と尋ねてくる。
勝手な兄弟喧嘩を繰り広げ、迷惑を被っているのはホテル側のはずなのに、平身低頭に振舞う姿が信じられないようだ。
「まぁ、…俺が関わっちゃったからね…」
皆野もまた、軽い苦笑を浮かべ心配ないと慎弥に向けながら、内心で半ば諦めたように溜め息を一つ落とした。
どんな理由であれ客に対して怒鳴ってしまったのは皆野だし、いくらプライベートで本人の希望とはいえ、保護者(?)の許可なく連れまわしたのも皆野だ。

途端に慎弥が不安げに瞳を揺らめかせる。
「ごめん…。俺…、草加さんに、迷惑ばっかりかけて…」
「そんなことないって。それより、慎弥くんを一人でホテルから出したなんて知れたら、それこそ減給物だよ」
皆野は茶化したつもりだったが、どこまで慎弥に伝わったかは疑問だった。
「ほらほら。とにかく帰らないと、もっと心配されちゃうから」
皆野は繋いだ手をわざとらしくブンブンと振る。
微笑みかければ、皆野の立場を思ったのか、素直に頷いてくる。

館内に入る為のドアをくぐる前に、気付いた人たちが駆け寄ってきた。
「慎弥っ!」
「草加っ!!おまえなっ!!」
岩槻よりもずっと押さえた声で、それこそ誰に聞こえているのかという低音が皆野に降りかかってくる。
もう、殴られることも覚悟の上だった。
一方、皆野の手から離れた慎弥が、いや、奪われた慎弥が岩槻の腕の中に収まっていった。
「ごめん…、ごめん…、ごめんね…」
幾度も謝罪の言葉を浴びせながら、細い体を抱きしめて岩槻の言葉も震えている気がした。
…失いたくない…。一時の判断でとってしまった行動を後悔する仕草。
無事に帰って来たと分かるから安堵して何のためらいもなく抱きしめるのは、幼い子供を守る『親』と同じだと思った。
時に厳しい言葉を浴びせても、最終的に縋ってくるのは自分の元なのだと…。
まるでそれを教え込むように…。

あぁ。なんだか分かるような気がした。
慎弥の我が儘を聞き入れることで拠り所を与え、そうすることでしか彼の心を守れなかった人…。
岩槻は全てを見通していたのだろう。結果的にそれは甘やかすことでしかなかったのだけれど…。
二人は心の奥深くで、言葉にも態度にもできないものを抱えながら過ごしてきた。決して表面に出すことのない『脅え』。

言いようのない悪寒が皆野の背を走る。
長い年月の間、こうして慎弥を捕らえ、縛り付け、我がものとした人に敵う術など持ち合わせていない。
自分の元に手繰り寄せたいと思っても、そびえる壁の高さを目の当たりにされる。
このままでは、慎弥は完全な『籠の中の鳥』になっていく…。
でもそれは、慎弥の望んだ世界ではない…。

「草加、後で話がある」
「はい…」
目の前で繰り広げられる兄弟の抱擁を目の端にして、呼び止められたことに素直に返事をすれば、ハッと気付いた慎弥が岩槻の腕から顔を上げた。
「ちが…っ、草加さんは何も悪くなくて…。…あ、それより、怪我が…」
破れたシャツから血を滲ませる肩から二の腕を凝視された。
「あぁ、これくらいは…」
明るい電気の下にくると、思っていたよりも深く擦れていたようだ。特に払いもしなかった小さな石の粒が幾つか付着していた。
そのことに目を止めたのは岩槻だった。
「もしかして、それも慎弥が…?」
「いえいえ、違います。単に俺の…私の不注意ですから…」
そっと慎弥を伺い見、黙っているように視線で訴えると、理解したのか押し黙った。
もちろん、こんな言い訳で岩槻が了承するはずなどなかったのだが…。
「とにかく怪我の手当てを…」
岩槻に促されて数人のスタッフが慌ただしく動きだす。
客に指示されるのもどうなんだろう…。皆野は再び内心で深い溜め息をつく。

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見下ろせる場所 10
2011-07-07-Thu  CATEGORY: 見下ろせる場所
深夜のロビーで他のスタッフに手当てをされるのも情けない話だ…と皆野は項垂れる。
それが終わるまで慎弥は離れていこうとしなかったから、一緒に岩槻も残っていた。
「私は大丈夫ですから…」
二人を促すのだが、戻りたがらないのは慎弥のようだった。
なんとなく、岩槻と二人になることに脅えているようにも見える。
今更ながらに、どう接していいのか迷っている様子だった。
当然その硬さを岩槻も気付いていて、二人の間に生じたわだかまりをどうにかしたい岩槻だ。見ていて痛々しくなる。

「征司くん…、あのさ…。もう一部屋、とって…」
皆野が立ち上がった後、突然慎弥から放たれた台詞に、その場にいた全員が固まった。
スィートルームには2つの寝室がある。何も今更別れる理由が知れない。
だけど、完全に距離を置きたい慎弥の気持ちは、皆野には理解できることだった。ひたすら守りに入ってしまうだけの岩槻と顔を合わせていたくないのだろう。

「慎弥…」
「ごめん…。ちょっと色々考えたくて…」
「そうか…」
慎弥の感情の揺れは岩槻が一番良く知っている。それを我が儘と取るかは本人たち次第であり、周りが口出しできることでもない。
スィートルームとは違う、たとえ狭い部屋であっても、慎弥は自分の空間が持ちたいのだな…と皆野は感じ取った。
しかし、現実は厳しく、ホテル側から「申し訳ございませんが、本日は満室となっております」と無情の言葉が放たれる。
レセプションが行われた関係もあって、満員御礼の直後にこの事態だったのだ。
「そう…」
慎弥は行き場を失った迷子の表情を浮かべる。
勝気な一面を見たことがあるだけに、同一人物かと見紛うしどけなさだった。

不安そうな眼差しが一瞬皆野と絡まった。
年甲斐もなくドキンと胸の内が震える。
涙に濡れた瞳はまだ乾いてはいなくて、岩槻ではないが抱きしめてやりたい衝動にかられる。
彼の感情に気付いてしまったからこそ、そばにいて、もう一度無邪気にはしゃいでいた数時間前の姿を取り戻してやりたかった。
何かを言いたげな口元が僅かに開き、…だけど大きな躊躇いを含んで閉じてしまった。
慎弥が端から分かる、完全な殻を作った瞬間だった。
口に出す全てが『我が儘』と、再び言われてしまうことに脅えている。
何が言いたいのか…、何を求められているのか…。
その全てを聞いてやりたい。

皆野はそっと慎弥に近付いた。
「今日はお疲れでしょう。ゆっくり休まれてください」
レセプションで気を使ったことも、その後の一騒動も、慎弥にとっては精神的な負担が大きかったはずである。
自分からは寄れなかった…、しかし皆野から近付いたことで慎弥の中で何かが弾けたらしい。
そばにいた岩槻の元を離れ、皆野の袖口に手を伸ばしてくる。昨夜のように伏せた視線には、まだまだ子供っぽさが混じっている。
それが何を表すものなのか…。

「もう少し…、一緒にいて…」
「慎弥?!」
「慎弥くん?」
「あ…」
咄嗟に口走ってしまったことを後悔するように、スッと皆野を掴んだ手から力が抜ける。
今、慎弥が抱く本音なのだとは、岩槻も皆野も咄嗟に理解できた。
ほんの短時間で慎弥の心の中に潜り込めたのは良しとされることなのか。判断はつきかねるが決して嫌なものではない。
寧ろ、喜ばしい…。
「ご、ごめんなさい…」
あまりにも控え目になり過ぎる姿がやりきれない思いを抱かせる。
慎弥はこの後もこうして、全ての感情を抑えてしまうのだろうか。たとえ虚像であったとしても、昨日のように、今日のように、奔放な姿はもう見せないつもりでいるのだろうか…。
「私は一向に構いませんが」
ニコリと笑って見せると慎弥の後ろで岩槻が大きく困惑していた。
慎弥の感情を優先させたいのか、皆野の立場を考慮してやりたいのか。
客相手の商売と分かるから無理していると思われているらしい。それでも再び慎弥を叱りつけるようなことはしたくない甘やかしだ。
「でも草加さん、お仕事の後でお疲れなのでは…」
岩槻に声をかけられて皆野は人の良い笑みを浮かべた。
「明日は半日出勤で午後から休みですから。仮眠室もあるので出社する手間が省けます」
翌朝7時から昼の12時までの勤務をこなしたあと、1日半の休日になる。
少しでも慎弥の気が休まればそれでいいと皆野は、慎弥からの誘いを断らなかった。
何より心配で、ずっと見ていたいのは皆野のほう…。
ホッと安心したような表情が、再び皆野の袖口を掴んだ。
昨日、騒動の中で寄り添ってきた体と同じくらい、いや、今はもっと細く華奢に見えた。


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